Diary (202005)

2020-05 / May 2020
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20200501

日記諸々ノートは129冊目に。冊数にこだわりはないんだけどさ、ここまで来れば。

某最優秀賞受賞の連絡があったのは4月上旬だったんだけど、今日付で正式に速報があったようで、早速お電話などいただく。ありがたい限り。

どういう原因か知らないんけれど、家人がHVSになってしまい救急外来受診。Diazepam 10mg/1A IMをしてまもなく回復。なんだったんだろう?

20200502

ゆうパックで月刊誌届く。今月は早かった。ついこの間送ったばかりなのだけど、もう一度郵送等々する。ゆうゆう窓口の時間を過ぎてしまったので、84円切手を貼って投函した。第三種郵便だし。

心の整理をしようと頭では思っていてもなかなか落ち着かない。そういう時期なのかなー。

20200503

v.d.S.不要で眠ってしまって昼過ぎに起きるダメっぷり。

月刊誌を届けに行ったついでに友人宅で半時間くらいダベる。まぁまぁ、このくらいは良いだろう、三密でもないだろうし。

20200504

旧友と5年振りくらい?にLINE通話したりする。

向こう、相当酔っているようで同じ事を6回も7回も宣う。まぁ、言わんとしていることわかったから、いいや。終わりがなさそうだったので、1時くらいに無理くり終話。

20200505

妻がいろいろな不調を訴える。様々に可能性は考えられるから、ひと月くらいは様子見かなー。

昨日に引き続いて旧友とおしゃべり。「奥さんと喋ってみたい」というので会話に交わらせたら、まー長いこと話すこと。結局終わったのは2時半くらい? そんな日もあるよねー。

20200506

昨夜は2730に終話して2800くらいには寝たけど、2930(0430)くらいに腹痛で飛び起きる。そしたら旧友からLINEがあって、こりゃ通話でもしなきゃダメだってんで、また通話。朝食を挟んで昼頃まで延々と。

明日からの仕事に備えて昼寝をなんとか某氏すべく、夕方前後には幼馴染みと3時間くらいの長電話。徹夜明けなのでこっちのテンションがおかしかったけど。

1800くらいに布団に入って眠りに落ちるなど。

20200507

しっかり半日以上眠ってお仕事。

ところが、だ。昼過ぎからどうもふわふわした感覚があって、なんかおかしーなーって会社に帰って血圧を測ると、普段は高いはずの血圧が100/65とかまでダダ下がり。

とりあえず夕方くらいに家に帰って横になって様子見。……と思ったら晩遅くまで寝ちゃってて、超遅めの夕食となる。

20200508

うっかり昨日は夕寝がガチ寝になってしまって、そのまま朝。明け方から体調安定せず、頓服のレキソタン2mgをラムネのように飲みましたとさ。あ、1日のMAX量は超過していないので大丈夫です。

夕飯後、さっさと眠剤を飲んでさっさと寝入る。

20200509

不要不急の外出を自粛せよとお上の指示があってから幾週間。まさか必要至急の外出を二週間のあいだに二度もするとも思っていなかったなぁ、というのが率直な感想。さすがに今回はJRを使うのも考えたけど、お財布を考えると躊躇っちゃったよねぇ。

必要至急の外出のあいだに寄り道して、情報処理安全確保支援士のテキストを購入。ここまではいつも早いんだけど、ここからが問題なんだよね。うん、知ってる。

20200510

遠出のあとで疲れていても、いつもは昼には起きているんだけど、今回はさすがに疲れてしまったみたいで、起きたのは1400頃。当然、目覚ましに気がつくわけもなく。

夜に1時間のウォーキングをしてみる。妻が「1時間くらいなら」というので、あぁ、W高往復だな、と直感し、懐かしい「通学路」を歩きながら、W高に着いたのが25分経過時で、家に戻ったらちょうど1時間だった。身に染みついたものとか、記憶とか感覚とかっていうのは、すんごいもんだ。

20200511

朝から随分とひどい「D」だった。例年通りこの時期にドカンと、くるもんなんだなぁ。

夕方から坐骨神経痛の前兆あり。多分原因は、昨日のウォーキング後にYouTubeの某ストレッチ動画を見ながらそれをしたせいかも。前にもYouTubeのストレッチ動画で坐骨神経痛になったことあり。うん、多分そのせいだ。

20200512

坐骨神経津で寝ることができないまま仕事に出る。

最低限の用事をこなしつつの外回りだったが、途中何度も眠りそうにしまい、あわや事故か、という瞬間が何度もあった。危ない。

20200513

坐骨神経痛は続く。

今日はことにひどく、一日中安静にしていた。例によって副作用と闘いつつ、ベッド、煙草、薬、の繰り返し。

書道の添削きたる。「優」3枚。これはうれしい。

20200514

残薬もなく症状も治まらず、仕事を片付けた後に整形外科医院受診。

それにしてもトラムセットの副作用で傾眠のひどいこと。

妻が産婦人科系の不調を訴えて十日くらい経つのでさすがに明日受診となった。その際、Nurseが電話口で「Ectopic pregnancyの可能性もある」と言ったらしく、最悪の事態も覚悟し、印鑑持参で行くことにした。

20200515

午前中は妻の産婦人科受診に同行。

cHG (-)で、エコーでもそういった所見はなく、昨日のNurseの発言はなんだったの? というお気持ちになるなどした。ともかく、異常なく一安心。

20200516>

25時に眠ったものの、27時に坐骨神経痛で叫びながら起きる。その後も朝6時・9時と痛みは続く。

なんというか、ここまでくると否が応でも薬に頼らざるを得ないという感じ。

20200517

2時過ぎに寝て5時前に早朝覚醒。もう一度寝入ったら16時になっていた。なんということ。

痛みは治まったけどそれは寝ていたからであって、夕方からあれこれ動いていたらやっぱり坐骨神経痛が出てきた。どうもうまくいかない。

20200518

明け方前から両足にシビレあり、いよいよ薬も嫌になって飲まずにいたら、ベッドからおよそ自力で起きれなかったり、歩幅が普段の半分になったりしていた。個人医院で薬薬というのもいい加減どうかと思い、わらにもすがる思いで某市立病院整形外科外来に電話。「仕事もできないんですね」の問いに、実際に普段通りの仕事は一切できていないのだから「普段しているような仕事は一切できていません」と答えると、なんと受入れてくださった。

X線を6枚も撮ってもらい(ってこれが普通なんだろうけど、個人医院は2枚だった)、Dr.も非常に親切で、神経のことなのでやはりMRI、という話になり、善は急げ、明日の朝イチが空いていたので早速そこに入れてもらった。回復の道が見えてきた。

20200519

0830過ぎに外来受付して外来前へ。その後まもなくMRI室に呼ばれ、検査着に着替え、0850にはMRI開始、0915頃に終了。何がつらいって、あの固いMRIの台の上に固定されることで、終わったあとスグにパントリー行って薬飲んだもんね。

結果は第5腰椎と第4腰椎のあいだの椎間板が「ちょびっと出てる」感じで、医師いわく「圧迫しているとは思えない」「手術しても、それに伴う筋肉の痛みとかがあり、あまりおすすめできない」と、それ内視鏡じゃなくてラブ法じゃないですか、ってのはともかく、薬物療法を継続することとなった。とりあえず、服薬経験もあるタリージェを1日10mgから開始ということに。

20200520

またも疼痛あり眠れず。チクチクとしたような痛みまで出てきた。どうにもならず、会社を休む。こんな自分がちょっと嫌になる。

日中おとなしくしていたお陰で痛みはなくなったんだけど、やっぱり夜には痛むんだよね。動くからしょうないよねぇ。

20200521

眠気が強いのはタリージェのせいなんだろうか、たぶんね。

車の運転はある程度できるようになってきたけど、腰がやられるので大体15分くらいが精一杯。

GE○で新明解国語辞典第七版を購入する。欲しかったけど欲しいといえなかったのがやっと欲しいと言えて、妻も快諾。辞書は消耗品ですよ、えぇ。

20200522

相変わらずに腰痛は続く。とはいえ、午後にまるっと外回りできたのは良い進歩だった。

甥の満1歳の誕生日ということで、夜は我が家に親戚大集合。19時くらいから宴は始まり、薬のせいもあってかちょっと怠くなってきた21時くらいに我々夫婦は退散。

20200523

疲れのせいなのか、タリージェのせいなのか、或いはルネスタのせいなのか、半日以上寝てしまい、起きたら16時半だった。

そういえば昨晩、紙袋に入れたままだった結婚のご祝儀袋を整理していたら、ある親戚からの熨斗袋から1万円札の新券がポロッと出てきて「えっ!」と驚いたり「げっ!」と焦ったり。それなりにお返ししていたのでまぁまぁ、よしとしよう……。

20200525

疲れのせいなのか、タリージェのせいなのか、或いはルネスタのせいなのか、半日以上寝てしまい、起きたら17時だった。

妻の整体に付き添う。前回よりひどくなく、あとは体の変化を自身で感じられれば良い方向に行くと思うんだけどなー。さすがにそこは手伝えないんだよね。