最新 RSS

ひとり実践報告 (朝メール)

← Back to w80.jp
← Top of this contents

2019/03/02

ゆっくりと読む

5時ないし数分以内スタートの「通話越し『栞』輪読」も3回目を迎えました(7時スタートを含めると3度目)。

肝心なことは、反復し、繰り返すこと、行き、返り、それを繰り返すことと、体感させられております。

たとえ道を誤れど、返るところがまた一つ増えました。

学びが進んでいきますと、人は「我」が出てきます。――ということが、何年も前に頂戴した、当時・生涯局青年育成室次長の清水篤研究員(現・法人局普及事業部次席?)からの便りに書かれてありました。

「栞」を読むに際しての「我」は、その遅さ・速さにあるのではないかと感じさせられます。

何か月か、何年か、それを読んでいますと、「次はこう書いてある」とか何となくわかってきますので、どんどん速くなる。

十七ヵ条を読み上げるのにも、「次はこれ」と何となくわかってくるので、パッと読むようになって、やっぱり速くなる。

けれども、初めて読む人はどうか? と、向うの声を聴きながら、考えさせられるのです。そして、「じっくり、ゆっくりと、噛み締めるように、読まなければならない」と。

「心読体究(しんどくたいきゅう)」の第一歩を教えられている気がするのです。

先の手紙には、そういった「我」が出て来、迷ったりしたときこそ、純粋倫理の原点に還ることが書かれておりました。即ち、明朗・愛和・喜働、そして純情(すなお)であること、と。

しばしば「朝の会場(おはよう倫理塾)は実践の道場、練習の場、実際の実践の場は家庭や職場」と言われておりましたが、その実践の学習の第一歩が、「栞」を複数人で読むことではないかと、感じさせていただいた次第です。