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ひとり実践報告 (朝メール)

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2019/06/07

脚の震え

5/25に吹奏楽団で昼夜二公演&6/1の定期演奏会という怒涛の本番ラッシュも終え、これできっと心身ともにストレスもなくなる! と思っていたその矢先、6月3日の朝から突然の脚の震えに襲われました。

H28年10月初旬に同じ症状があったことを思い出し、安定剤を多めに服用して安静にし……しているうちに眠ってしまい、起きると夕方16時頃。

一応居間へ行き、すると私の姿をみた妹が一言「お兄ちゃんそれすっごいよ。病院行きな」。正直にそれに従い、市立病院精神科外来に電話すると、外来担当看護師が出、症状を伝達。約10分後の折り返しの電話は主治医からで、症状を説明。「おそらく、タスモリン(抗パーキンソン病剤。錐体外路症状による不随意運動等に頓服的に用いられる)が効くようなものではないと思う」「前にも同じ症状があったなら、それと同じとも考えられる」。

結局、残薬も少なく、翌朝まで凌げるかどうかわからない状態でしたので、午後5時過ぎに時間外扱いで受診。前回H28年と同じ安定剤が出されました。

その作用は強い部類に入るので多少の眠気はあるのですが、震えがあれば飲まなきゃいけない、飲んだら飲んだで眠気があるから眠ってしまう、そして脚の震えで起き……というまさに四苦八苦というような有様で、月曜・火曜は仕事にならず、治まっているうちに用事をこなすのに精いっぱいでした。

水曜は仕事には行けたものの、その疲れと薬の眠気とが相まってか、昨日にかけて18時間もほぼノンストップで眠ってしまう始末でした。

この状態を受けて、父もいよいよ「次に病院行くのいつよ? 一緒に行くかなぁ」と口にする状態です。

そうこうしているうちに、3, 4日間の服用で薬も一定の血中濃度を保ったのか、昨日は(というより、昨夕からは)脚の震えもなく現在に至っています。

そのあいだに考えたこと……。

前回の症状出現時は、親子関係……母との関係……がギスギスしていた、ということ。

今回、怒涛の二週連続本番の前は練習練習練習の日々でしたが、今現在、私の妹夫婦と甥っ子が我が家におり一緒に生活している状態です。いろいろあって、私と義弟とはどうも仲が良くない。

もしかして、練習が続いていた、いわば緩急の「急」の状態から、それが緩んだ「緩」の状態になったいま、家の様々なことに否応なしに関わることとなり、妹とも義弟とも甥とも接することとなり、義弟との関係で、2年半前と同じ症状が出ているのではないか……? と、気付きました。

『肉体は、心のいれ物』(丸山敏雄『万人幸福の栞』「疾病信号」p.55)であることを考えると、義弟との関係や、私の彼への思いが体に現れたと思えば、納得できるものがあります。

『有難い自然の注意、天の与えた赤信号であるから、喜んでうけて、間違いを直すべきである』(ibid. p.58)。

まずは、明るく仲良く、明朗愛和から。

今日の「おはよう」から始めます。

2019/05/28

利尻は私のルーツのひとつです

5月25日、利尻町交流促進施設「どんと」ホールにて、利尻町開基120周年記念事業 オープニングイベントとして「利尻町音楽祭」が昼・夜の2公演催されました。

共演いただいた皆様、お世話になった皆様、ご来場いただいた皆様には感謝しかありません。

76.1MHz "あなたのラジオ" FMわっぴーでお聴きいただいた皆様、インターネットラジオでお聴きいただいた皆様にも、感謝申し上げます。

記念祝歌「約束のうた」をめぐる幾つかのエピソードについては楽団のブログにゆずらせていただきます。

親戚(母方の祖父の兄。母からみれば伯父)からは思いがけず差し入れまで頂戴してしまいました。

ここからは私の「アナザー・ストーリー」です。

打ち上げ・二次会と結構飲んでしまい、だいぶ遅くまで、というか9時頃まで熟睡してしまったのですが、「せめて会って御礼を」と思い、同室の人に「ちょっと出掛けてきますから! 40分過ぎには戻ります!」と声をかけ、フロントへ。

「すみません、つかぬことをお聞きするんですけど、種富町までここからどのくらいかかりますか?」

「種富なら近いから、車で5, 6分くらいですね」

「あの……! タクシー呼んでもらえますか」

「少々お待ちください」

……

「いまタクシーが鴛泊(※利尻富士町、船の発着地)にいるみたいで、10時10分くらいまでこっち(沓形)に戻らないみたいなんです」

「そうですかー……」と、半ば諦めかけていると、ホテルの(結構偉そうな雰囲気の)男性スタッフさんが

「近くだから、送っていきましょうか?」

「ホントですか! いいんですか?!」

「えぇ」

「お言葉に甘えさしていただきます……!」

ということで、ホテルのハイエース風の車にホテルのスタッフさんと一緒に乗り、種富町へ。

「種富のどこらへんですか?」

「駐車場のとこでいいです。……あ、あの、もしわかれば、○○家のところまで、お願いしたいんですけど」

「○○さんのところですねー、いいですよ」

「……親戚なんですよ」

昆布漁をしながら以前は自治会長やら何やらもしており、或いは昔は沓形本町で商店もしていましたので、知らない人はいないってわけです。島の皆さんみんなご存じでした。ちなみにその息子さんは昨年度末まで役場にいましたので、演奏会のその日に誰か彼かと話すと、そのいずれかの話題となってしまうのです。

9時20分頃に到着。

「ごめんね、連絡もしないで急にきて。昨日はどうも有難うございました」

「なんもなんも、あがってあがって!」

約9年前に曾祖母の葬儀のとき以来の再会でした。

仏壇に納められた曾祖父・曾祖母の遺影をみると、それぞれの通夜・葬儀での出来事が思い出されます。

「昨日はどうも」という話しから、近況報告をし合っているうちに、あっという間に9時40分。わずか20分の滞在でしたが、貴重な20分でした。

ホテルまで送ってもらう5分間のあいだに私の口から出た言葉。「こういう年に利尻の役場から招いてもらって演奏出来て、幸せだわ」

中学1年・13歳の頃から今30歳までのあいだ、途中ブランクはありながらも続けてきた吹奏楽ですが、こんなに幸せで、喜びと嬉しさとを感じながら臨めた本番は、初めてでした。

会場に入る前のバスの中で、また、夜に打ち上げ会場の居酒屋へ歩きながら、或いは、帰りに鴛泊のフェリーターミナルまで送ってもらうバスの中で、沓形の街を眺めながら、何度も何度も溜め息交じりに「はぁ、懐かしいなぁ……」と独り言をつぶやいていた私。

気が付けば、利尻町は自分のルーツのひとつだ、と、自信を持って言えるようになっていました。

2019/05/25

利尻町開基120周年記念祝歌 初お披露目の日

稚内のフェリーターミナルに来る度に、特別な思いにさせられます。

曾祖父母の葬儀に向かうために乗船の列に並んだあの日(どちらもシケて大変だった)。コピー機の納品のためにガラガラの船にリコーの担当者と一緒に乗り込んだあの日。ほぼ満員の夏の1便の船で、開発局の納品のため一人乗り込んだあの日。様々な思い出が甦ります。

私にとって、思いを新たにさせてくれというか、凛とした気分にさせてくれるというか、そんな不思議な場所ではあります。

今日13時30分、利尻町音楽祭で、利尻町開基120周年記念祝歌の初披露です。

島にとっての節目の日のその瞬間を、FMわっぴー 76.1MHzで、あるいはネットラジオやスマホアプリで、一緒に共有していただければ幸いです。

もうすぐ出航です。

2019/05/24

利尻町開基120周年

吹奏楽団の利尻公演(5月25日 昼公演13:30〜、夜公演18:30〜)もいよいよ明日に迫ってまいりました。

利尻町は私のルーツです。母方の祖父が利尻・沓形の生まれです。楽団を縁に、記念すべき年に演奏できることを心から嬉しく思っています。

また、当日は利尻町開基120周年記念祝歌の初お披露目もあります。言い換えれば世界初演ということになります。作詞作曲はシンガーソングライターの流(ながれ)さん。以前は「三角堂」というユニットで活動されており、STVラジオでも番組をされておりました。「流さん」と聞けば「……ん?」という感じでしたが、三角堂と聞くと「ああ!」と小中学校時代にその番組を聴いていたことを思い出しました。現在は利尻町の観光大使を務められているそうです。

吹奏楽団と利尻町と流さんとの、いくつもの偶然のつながりを、とても不思議に感じています。

私が最後に利尻へ行ったのは約9年前、曾祖母の通夜葬儀(於 種富町(たねとみちょう)自治会館)のときで、その前は確か14歳の頃に曾祖父の通夜葬儀でした。

去年の夏、礼文へ納品へ行った際に詠んだ歌。

たくましく雄々しく聳ゆる利尻山香深港より眼前に見る

香深から海を隔てて見えるのは曾祖父母ねむる利尻沓形

……稚内から、利尻富士町・鴛泊の街は見えるのですが、利尻町・沓形の街は見えないのです。

利尻町開基120周年記念祝歌は、そのメロディーを聴けば聴くほどに、祖父が生まれ育った、その種富町から見えた利尻の海と、聳える雄峰利尻富士の姿を想起させられます。練習での合奏中、何度か泣きそうになってしまいました。

また、その歌詞も、利尻町でしか体験することのできない自然を……誤解を恐れず敢えて換言すれば、利尻富士町では絶対に体験することのできない自然を……絶妙に描写しつつ、120年のこれまでとこれからのことを、力強く書きあらわされています。

私にとっては、自分自身の「元」と繋がるような、とっても素敵な機会に恵まれました。

明日は12時から15時まで、稚内のコミュニティFM局 FMわっぴーの利尻町からの公開生放送があり、「利尻町音楽祭」の昼の部(13:30〜14:10頃予定)も生放送されます。

インターネットラジオや、スマホのアプリでも無料で聴くことができます。是非ご一緒に、記念祝歌の「初お披露目」の瞬間を共有していただければと存じます。

2019/05/17

近況=あるいは大型連休中の出来事

大型連休中に大切なひとつの節目を迎え、連休後は精神面も回復に向かったものの、やはり加減して仕事をしなければならない状態が続いており、そう言っているうちに、5月25日に楽団の某公演と、6月1日の定期演奏会が近づいて来て、まったく朝メールを送れずにおりました。

5月2日から4日まで札幌へ行き、恋人宅に二泊しておりました。

5月3日はそこで両家の両親が初対面となる日。その早朝、「おはよう倫理塾」に恋人と共に出席することができたのは幸せなことでした。私が初めてその白石会場にお邪魔した平成26年(2014年)1月31日のその日と同様、皆さん温かく迎えてくださいました。

そして10時頃からそれぞれの両親が初対面となったのですが、前日の晩、恋人の母が「ねぇ、明日どうしたらいい? どっちから話していったらいいとかさ」と仰るので、私は「お父さんたちに任せよう」と。

倫理は順序が大事とよく言われてきました。「夫婦・夫妻」は夫が先で、「男女」は男が先。

余談ですが「仏説阿弥陀経」なんかのお経のなかにも

舍利弗 若有善男子善女人(しゃりほ=シャーリプトラよ。もし、善男子・善女人がいて……)

という箇所が8か所くらいあります。阿弥陀経は1世紀ころに成立し、こう漢文に訳されたのは402年頃ですが、その頃から「男が先」だったようです。

さて、”子供たち”としては「はじめましての挨拶ができて、仲良く話せたらまぁ御の字かな」と思っていたのですが、私の予想以上に和やかな雰囲気のもと、主に両家父親同士によって話しはトントントントンと進み、「まぁ、まずは結婚してからですよね」「そうですよね」という会話もあり、また、(恋人が求職中なので)「時期にこだわらずに結婚を先にしても良いのでは」というような私の母の発言もあり、本当に、トントントントンと進んでいきました。憲法記念日である5月3日が、我々にとっての婚約記念日となったその瞬間でした。

また、その翌日にも二人で「おはよう倫理塾」へ行き、この報告をさせていただきましたが、会友の皆さんに祝していただいたことは、大変しあわせなことでした。

仕事は無事に繁忙期も終わり、約9か月の閑散期が続きますが?!、このあと6月1日までにかけて楽団の練習が続き、その後は(あるいはそれと並行して)様々な準備を行なわなければならない状態です。

「公」のあとは「私」の方で忙しい状態が続きますが、それら生活の原点となるところ、純粋倫理があることをしあわせに感じております。

2019/04/29

合わせざるを得ない

経験したことがない大型連休で曜日感覚も乱れがちななか、その日その日に予定が入っていると生活の節目のようなものがあって、なんとも有難く感じられます。が……

昨日は午後に用事Aが予定されていましたが、先方の都合でキャンセルに。なので、行けないはずだった同じ時間帯の用事Bに参加しようと連絡したところ「人少なかったからサクッと終わらせたよ」との返事。

倫理の基本は「合わせる」こと……とS研究員に教わりました。

昨日は何があってもそれに合わせる、いや、合わせざるを得ない状況下で、『気づいたことは即行即止……』(セブンアクト)の「即止」することの大切さに気づかされました。

「即行」と「即止」は、「合わせる」ことに通じているかもしれません。

2019/04/27

眠りというもの

昨日は夕飯後ソファに横になっていたらそのまま眠ってしまい、起きたのが0時半頃でした。

1時半くらいに自室に戻り、ひとまず、日課になっている服薬メモ書き、レシート貼り、現金出納帳書き、日記書きなどなどをしているうちに、2時半、3時と時間は過ぎ、結局、起きていることにしました。

『私の流儀はこうでした。夜寝る、その後、目がさめたらパッとはね起きて、着物を改める、ということ。これが、十二時であろうと、一時であろうと……、とにかくこれを続けていきました。』(丸山敏雄『清き耳』53頁)

『慣れてくると、眠りというものは、何時間とらねばいけないといったような、そんなきゅうくつなものではなくて、与えられた時間だけ、ぐっすり眠れば、すっかり疲れが無くなるようになっています』(ibid. 56頁)

そういうわけで、4時間か4時間半くらいはソファでぐっすり眠っていたせいか、あまり疲れも残っておらず、しっかり活動できております。

眠りというものはどういうものなのか、また改めて実感させていただきました。

追伸:世の中は10連休のようですが、弊社は本日通常の土曜営業です。(9時〜18時)

2019/04/25

自分自身を大切に

我が持病・アスペルガー障害の特性のひとつは「こう!と決めると一気にガーッとやってしまうこと」なのだそうで、多分に漏れず私にも当てはまるところがあります。前医はこの特性を「生まれ持った性格のようなもの」と例え、私はこれを「空回り」と表現しています。

これが程よい加減に出来ていると、人類或いは人間生活のなかでは問題がなかったり好ましかったりするのでしょうが、それ故に問題が発生していますので「障害」とか「症候群」とか「病気」とかになるわけです。

一昨日は随分と仕事に「空回り」が生じ、昨日それが自分の身に返ってきてしまいました。

いくら喜んで働いていましても、空回りをしてしまっては、結局、自分自身を大切にしていないことだと、毎回毎回反省させられるばかりです。

余談ですが、学生時代の恩師は、この絶妙な加減について「"いい加減"より"よい加減"」と見事に言い表しました。

今日も体を大切にしながら、喜んで働きます。

2019/04/23

後始末

4月21日、無事に情報処理技術者試験(区分:データベーススペシャリスト試験)を終え、日付が変わるくらいの時間に帰宅しました。

心も体(特に腰)もギリギリの状態のなかで臨んだ反動か、昨日はとんでもないくらい眠ってしまい、体の悲鳴を感じたところです……。

勉強した内容等々はすべてファイリングしており、帰ってきたその日のうちに、試験に関する文書・受験票等々もファイリングし終えたのですが、部屋のなかには「勉強しようとした解説文書」などが大量にあり、昨晩それも一気にファイリングしたところです。

『小さい事に末を乱す人は、大切な事に終りを全うしない』(『栞』94頁)

『物の整理は心の整理、感謝をこめて後始末』(セブンアクト 7)

試験関係の書類だけではなく、周りのあらゆる物々に対し、感謝をこめて後始末をしなければと改めて意識させていただきました。

2019/04/20

腰を痛めればおめでとう

『万人幸福の栞』には、「病気になればおめでとうという時代がきた」とか「病気のお見舞いにそれは結構ですという時代がきた」とか述べられております。

昨日午後、3件の配達があるうち、2件目を終え、車に戻ろうとしたところ、腰を「軽く空振り」してしまった感じがして「あぁ、これは配達が終わったらすぐ薬を飲まないと」と思っておりました。

が、3件目を終えて数分後、痺れのような違和感を覚え、ちょうど昔から馴染みの整骨院まで車で1分の場所におりましたので、会社に電話し母に「腰やっちゃったかもしれないからK村さん(K村整骨院)行ってくる」と一言連絡し、即行で一週間振りに整骨院で施術となりました。

小学校の頃から知っている先生ですので、施術の合間合間の会話も「浜弁」全開です。

「やー、日曜日に国家試験だのさ〜」

「大丈夫かい。湿布とか飲み薬とか持ってったほうがいいよ」

「Sさん(整形外科)でもらったのあるから大丈夫だわ。あとコルセットしてくわ」

「塗り薬は?」

「アンメルツならあったわ」

「それも持ってったほうがいいわ」

と、図らずも、慢性腰痛を持ちながら試験に臨むに際しての「四種の神器(湿布、飲み薬、塗り薬、コルセット)」をお教えいただきました。

会計を終えたあとも

「あんまり頭ばっかイイから重くって腰までくるんだべさ〜」

「や〜、それはどうだかな〜。でも今回受かる気するんだよね〜。1年半前に国家試験受かった時も、その直前に腰痛めたから、パターン同じだもの」

「したらもう、決まったもんでしょ」

「だといいんだけどね〜」

「こういうのはね、受かる!って思えば受かるべし、……あぁ〜っ、って思えば、そうなるんだってば」

「あー、やっぱりそういうもんかい」

という会話の中で、『栞』の「信ずれば成り……」を再確認させていただいた上に、さらに激励の言葉まで頂いてしまいました。

「ちょっと空振り」してしまったときは「ヤバいなぁ……」と感じましたが、その後に待っていたのは、まさか、助言・激励・純粋倫理の証明であったとは……!

「病気になればおめでとう」の私なりの捉え方が、またひとつ増えた昨日の午後でした。

このあと6時半発のバスで札幌へ向かい、余裕をもって今日を過ごし、明日、情報処理技能検定試験です。

2019/04/19

心配なくつづける

試験勉強の関係や体調の善し悪しの関係により、一週間振りの朝メールとなりました。

年に二度実施される情報処理技術者試験ですが、そのレベル4・高度区分にあたる試験には、年に一度しか実施されないものがあり、私が受けるデータベーススペシャリスト試験も春(4月の第3日曜日)にしか実施されない試験区分です。

もちろん学習すべき期間には、事務機業界の繁忙期が重なり、また、どういうわけかその時期に私の持病も悪化し、とにかく2月半ば頃からは文字通り「四苦八苦」の状態でした。

先週木曜の精神科診察では、主治医のY先生から、「繁忙期も落ち着いてきたということですし、試験を終えれば体調も或る程度落ち着いてくるでしょうから、様子見てみましょう。お薬はそのまま自己調整ということで良いですよ」との言葉を頂きました。(近日中に症状軽快の可能性あり!)

また、かかりつけ薬局の薬剤師さんからは「国家試験? 何の? 難しいの?(合格率、十何%ですよぉ) 気楽に行っといで! 落ちて当然、受かったら儲けものってくらいでいいんだよ〜!」とのことでした。

今週もまた体調一進一退、或いは『三歩進んで二歩下がる』の状況のなか、地道にやれることだけを、かつ無理せずに、仕事したり勉強したりしてきました。

『栞』に書いてあるとおり『出来る仕事を心配なく働きつづけていたら……』やはり肝心なことのようで、お陰様で、仕事の方では先々週にパソコンのほぼ即決の契約があったり、一昨日は某中学校から例年通りの美術教材一式の受注を頂きました。

そうしているうちに、だんだんと働ける時間も長くなってまいりました。できる仕事を無理せずに行なううち、必ず"還ってくる"ものがあると確信させていただき、また、それにあわせて症状の軽快、健康も伴なうということも、確信させていただきました。

あとは、4月21日の試験です。

「人事尽くして天命を待つ」ことができるよう、試験当日の開始時刻のそのときまで、「出来る勉強を心配なく」継続させてまいります。

2019/04/12

姿勢・闊歩

昨日は4月に赴任した新主治医との初めての診察でした。

すべてがスムーズに進み、不要な薬一種類は削っていただき、他はあまりいじらずに「繁忙期も終わりかけで、国家試験前で体も不安定な状況ですから、それが終わるまで様子見てみましょう」ということになりました。

帰り際、精神科病棟から本館の支払窓口へ行く際中、診察を終えた主治医と会い「あ、どうもー」と挨拶を交わした、そのあとが私としてはもう衝撃的でした。

凛とした姿勢でスタスタと、医局へ向かうべくエレベータの方へと歩いていきます。

その姿勢、背筋を伸ばして顎を引き、田舎とは違う都会の速さのスタスタとした歩き方に感動を覚えました。

倫理研究所が家庭倫理の会の青年活動や、倫理法人会モーニングセミナーの朝礼に使っているものに「7 act(セブンアクト)」というものがあり、その中の5つ目には『背筋を伸ばしてあごを引く、姿勢を気力の第一歩』とあります。

『栞』にあるとおり、万象我師。私たちに何かを教えていただける存在はすぐそこに在るということ(しかもそれが新主治医だった)を改めて認識させて頂き、また、7 actに間違いがないことも再び確認させて頂きました。

また、丸山敏雄先生は『一家愛和の中心は、健康でなければならぬ、明朗でなければならぬ、快活でなくてはならぬ。ぐずぐずするな。大空を仰いで、堂々と闊歩せよ』と記されてあります(『青春の倫理』改訂新版、22頁)。

背筋を伸ばしてあごを引き、大空を仰ぎ、今日も堂々と闊歩します。

2019/04/11

朗らかに働き、休む

何を以て医療と呼べばよいのか、何を以て医学と呼べばよいのか、わからない世界になってきました。

持病の精神疾患(アスペルガー障害と抑うつ状態)についてですが、薬に慣れてしまったせいか、4週間前くらいから出されている安定剤は効きが少しずつ悪くなったり、効果が切れるのが早まってきたりしているように感じられています。

あるいは、睡眠薬はその日その日の心と体の状態により、効きすぎたり効かなかったりしており、依然として睡眠リズムの改善には至っておりません。

睡眠薬なしで眠れる日というのは、だいたいが徹夜明けの日か、働いて疲れ切った日です。

ここに倫理があるんじゃないかと、ちょっと考えさせられました。

喜んで一所懸命に働いたときに、恵み・睡眠が与えられるのかもしれない、と。

安定剤云々に関しては、離脱症候群や耐性の可能性もありますので一概には言えませんが、睡眠に関しては、生活法則である純粋倫理が関係している気がしてなりません。

朝は朗らかに起き、昼は朗らかに働き、夜は朗らかに休む(『栞』)

これが肝心要ではないかと感じさせていただきました。

折りしも今日は診察日。

まずは睡眠導入剤の減薬・断薬の交渉を行ないたいと思っております。

2019/04/08

そこに倫理がある

昨日寝すぎたせいか、眠剤を飲んでも3時前に目が覚めまして、机の整理したり書道したりしておりました。(試験勉強は一向に捗っておりません……。)

寝起きといいましたら、俗には体が緊張しきっていないから、「クシャミだけでギックリ腰やることだってあるんだから気をつけなよ!」と前の前の前の職場で言われたことがあります。

そういった状況の中で、机の整理だなんだとしていたものですから、ある瞬間にちょっと腰をひん曲げてしまったような感じがしまして、慢性腰痛2年生の身の直感として、「あ、これはヤバいかも!」と。

そこに倫理があります。

腰痛が悪化する前に、昨日お風呂に入らなかったものですから、とりあえず洗面台のところで髪だけは洗っておき、その後はロキソニンテープ(湿布)を腰にペタッと処置をとりました。

即行で事を行なえたからなのかどうかはわかりませんが、幸い、坐骨神経痛はまだ生じておりません。

純粋倫理は、誰がどこで行なっても常に正しい生活の法則(すじみち)です。

「どこに倫理があるのか?」と言われると、「そこに倫理がある」と体感させていただいた今朝の出来事でした。

2019/04/06

未普及地での普及

当地では倫理の風がいよいよ巻き上がりつつあります。

「新世」に興味があるというTさん(私と同じ年)がおり、また、先日からパソコンの個別指導をさせて頂いているKさんは『栞』を読みたいということで、事前にお金を頂いたうえで私が代行し購入し、昨日お渡しできたところです。

よく「それって何なの?」と聞かれます。

「社会教育団体です。元々は戦後間もない頃、『日本の再建は家庭から』と、家庭・夫婦から生活をよくしていこうと発足し、70年余り経っています」

そうすると「宗教じゃないの?」と効いてくる人もおられます。

「宗教じゃないです。一般社団法人ということもあるけれど、ここ、見てください」と私は栞の『序』をお読み頂きます。

『苦難は幸福の門であり、万人が必ず幸福になれる絶対倫理が現われた……

 それは、宗教でも、主義でも、学説でもない。実行によって直ちに正しさが証明できる生活の法則(すじみち)である』

そのうえで、『栞』に書かれてあるいくつかの部分をご紹介すると、Kさんは「へえ! こんな本あるんだ! あたし、こういうの読みたかったの! 買うわ!」という流れになったのが先週日曜。

昨日お渡しした後すぐ読まれたようで「私はどん底だったからこの本見てはげまされた。助けてくれてありがとう。大好きな札幌の友達に今度送ってあげたい」とのLINEを早速いただきました。

ご存じのとおり稚内に住んでいる倫理会員は私一人で、雑誌『新世』を読んでいる世帯も、我が家と母方祖父母宅の2世帯ですが、いよいよ、広がりをみせています。

今後はどのようにして活動をしていくか? を考えさせられております。

札幌の会長と密に連携しつつ、模索していきたいところです。すでに昨日会長と連絡がつき、「そういうことなら本部に聞いてみないとわからないから、ちょっと二、三日待ってて」というお返事。

これからどうなるか、とっても楽しみになってきました。

2019/04/05

働けば健康である

どういうわけか、100,000円以上の物件(いわゆる備品と呼ばれる類)を一件でも決定すると、体調がよくなる傾向があります。

ちょうど昨日、R社から今月の特価品リストが出ましたので、それに気づいた昼、以前からチラチラと新しいパソコンの話しをしていた某労働組合さんの書記長さんに電話をしました。

「本体かくかくしかじかの金額で、ディスプレイいくら、設定費いくら、4年リースだとゴニョゴニョっと掛け算して、月額何千円なんですよ」

「へぇー。……ちょっと待って(執行委員長と話している声)」

「なんぼか変わるか社長に聞いてみる?」

「うん、そうして」

「そしたら金額決まったら見積り持ってきますんで。よろしくお願いしますね」

即行で社長(父)に電話し、「4年リースの料率なんぼだっけ?! 決まるかもしんないわ!」「***%! あと適当にやって〜!」

もうこうなったら見積書の様式に拘っている暇もなく、過去に使った様式を流用し、内容を今回のものに書き換え、5分かからずに見積書完成。

急ぎの配達もあったのですが、それは母にお任せし、私はお客様のもとへ。その際、個人的に「願掛け」としている、手嶌葵さんカヴァーの吉田拓郎さんの『流星』(10年くらい前のR社CMソング)を車のなかで流しながら……。

結果、執行委員長「おう、したら、いいぞ」、書記長「うん、いいよこれで」と、まさに即決となりました。

そしてその後……これまで困り果てていた症状は若干の改善の傾向が見えています。

「人は働けば健康である」……。これが、できる仕事を心配なく喜んで働き続けてきた結果ではないかと、ひしひしと感じさせていただきました。

2019/04/04

睡眠の苦難

いま私の目の前にある苦難はといいますと、病気の症状よりも、睡眠です。

もちろん睡眠導入剤(眠剤)を飲んではいますが、何週間か前からか、「眠りすぎてしまう→夜に眠剤が効きにくい→そわそわした気分になり寝付けない→徹夜明けで仕事をする→夜から翌日にかけて半日くらい寝てしまう」という、『二日間ベースのサイクル』に陥っております。

きっと心のどこかが鈍感なのかなぁと思っています。だから、体が「しんどい!」とか、「これくらいにしとけ!」とか、そういったサインを読み取れない。

(いわゆる「一気にガ〜ッっとやってしまう」のは、疾病故の「生まれ持った性格」という医師の意見もありますが……。)

医師からは「この状態では仕事は半分くらいの量からにしてください」とか、薬剤師からは「繁忙期は体あっての繁忙期なんだから、休んで!」とか言われている身。

今日は「しんどい!」のサインが出る前に、最低限やることだけやってしまおうという方針で過ごしていきたいと思っています。

付記……病気へのお見舞いにそれは結構です、という時代がきました(『栞』疾病信号)。誠に勝手なお願いですが、私への「お大事に」はご遠慮ください……。

2019/04/02

政府から新元号「令和」の発表がなされた昨日。

文房具屋としては、昭和から平成への改元のときの同様に、元号のゴム印や、二重線の上に元号のゴム印の需要があるかと思われましたが、こちらの動きを待たずに某中学校からは午後一番でその注文を頂きました。

また、病み病みの体で昼過ぎから出勤した私も、何軒か運送関係のお客様を中心に伺いましたが、3件から計6本の元号関係のゴム印の注文を受けました。

「西暦のほうが便利でイイ!」という市井の声もありますが、元号が根付いている業界もたくさんあります。

あるいは種々の業務システムの導入により、これを機会に伝票を元号表記から西暦表記に改めたり、メーカーの保守対応により出力される帳票は5月から新元号と自動的に対応されるものはありますが、手書き帳票は残るところには残っており、また、必要とされる場面は存在しているものです。

新元号の「令和」。その2文字のなかで個人的に印象的だったものはやはり「和」の文字です。

人々が和すること、組織と組織が和すること、国と国とが和すること、世界の平和……そんなことが頭に浮かびました。

倫理運動を創始した丸山敏雄先生も、倫理の基本は「明朗・愛和・喜働」そして「純情(すなお)」と記しています。

色々な「和すること」が浮かんできた身としては、来たるべき「令和」の御代に、その「愛和」も必要とされている気がしてなりません。

ともかく、「和」の時代の到来(いや、昭和の時代からすると再来?)、それを心から待ち望みたいと思います。

2019/03/31

大切なもの

一昨日の夜、ひょんなことからSNSで知り合い気が合った人とLINE通話越しで飲む、という極めて現代的なコトをしておりました。

その方はIT企業に在職しており、インフラ関係の技術者として働いておられるとのことです。

「学生時代に(Webアプリの)設計開発もしてたんでしょ? 応用情報(応用情報技術者試験、経済産業省所管の国家試験)も持ってるしさ、たっくんくらいのスキルならさー、うちの会社なら年収500万くらいはいくってー。東京来なよ〜」

などと、酔った勢いもあってかなくてか、その人は仰っておりました。

それでも私は断固拒否。気持ちは有難いですが、断固拒否。

四十年近くにわたって築き上げられた、「○○○○さん」とさん付けで呼んでくださるお客様と○○○○○○との関係。そういったものを放り出してまで東京にまで行く気はまったくありません。

確かにお金は何をするにも必要な場面は多いですし、手持ちが少ないよりは多い方が良いかもしれません。

しかし、本当に大切なものは何なのでしょうか。

サン=テグジュペリさんが『星の王子さま』であらわした「王子」は、『大切なものは目に見えない』と教えてくれています。

2019/03/29

聞くこと・知ること

昨日の精神科定期受診は現在の担当医が転勤になるということで、その最後の受診日となりました。

二年間のうち特に初めのうちは喧々諤々、ドクターの言動や「かわし方」を疑問に思い、PSWに相談し意見したこともありましたが、端的に言って、「良医」そのものでした。

その最後の診察日の一番最後が私。

今回はやっと念願が叶い、診察の途中から父親が同席、ということになりました。

どうしてもこういった疾患を持った人間が生活していくには、家族の理解が不可欠です。

これは素人として言っているのではなく、元・障害者就労支援事業所の生活支援員として、他のそういった人々と接してきた経験からしても、明らかなものです。

ひと通りの診察を終え、父親にも診察室に入ってきてもらい、三人(+同席看護師)が診察室に。

私もよくドクターとは話す方なのですが、父親もやはり聞きたいこと・相談したいことは相当にあったようです。

私が診察室に入ったのが12:15頃、話しも落ち着き二人して診察室から出たら12:55になっていました。

久し振りに、診療報酬明細書の「通院精神療法(30分以上)」の項目を見ました。

家族だからそう見えたのかもしれませんが、ドクターの説明に父親もしっかりと頷いており、生活上の様々なことや、私の疾病ゆえの特性等について、納得している様子が窺えました。

何事も、知らなければ実行に移せません。知るには聞かなければ始まりません。

改めて認識させていただき、「清き耳」を持ち続けていきたいと思わせられたひと時でした。

2019/03/28

無理したことも発顕還元

世の中が螺旋を描くように動いているのならば、その中にいる私の、その体調もまた、螺旋を描いているように感じられます。

ウツの症状を気にせず仕事ができた月曜日、何とか誤魔化しながら仕事をし終えた火曜日、そして、およそ使い物にならなかった昨日水曜日。「三百六十五歩のマーチ」の歌詞のような様相を呈しております。

(なお、昨日起きれなかったのは前の日に知人(中学の後輩にあたる)と飲んだせいじゃないかとか、薬の飲む時間の関係じゃないかとか、いろいろな俗説が家庭内で囁かれておりますが、寝起きの困難さと、昼前後から襲ってきた猛烈な不安焦燥感や希死念慮とは、まったく別物と考えられることを申し添えなければなりません。)

そのような流れのなかで、昨日の夕方からはやはり体調芳しくない状態が続いており、無理した分が体に返ってきた「発顕還元」のような気がします。

また、すでに恋人からは『無理したら、心に来るカップルですから…』と釘を刺されております。

無理、理を無くす、こういったことがないように、できる仕事を喜んで行なえるように……、換言すれば、できそうにない仕事は無理して行なわないように(?)、心がけてまいります。

2019/03/25

お陰様大報告会

昨日は朝から大忙しで、ケータイをS社からD社へMNPをし尚且つ法人契約にしようと事前手続きのうえ父親(社長)同席でDショップへ。

機種契約までの約2時間のあいだに、知人(といっても仕事上ではお客様)から超特急で急ぎの揮毫(筆で文字書き)の個人的ご依頼があり、以前のiPhoneのデータからの復旧を帰宅後1時間2時間と試みやっと落ち着きそうだったので、道具一式と体一つで向かうことにしました。

このシーズンですので、お相手も労働組合さんなので、俗に「為書き」というのでしょうか、「爲何某云々殿 祈必勝 どこそこ団体会長 何某何某」というものを、紙はあるので「爲から最後まで書いてほしい」というご依頼です。

金銭に値打ちはつけられませんが、こちらの用具の関係と、字が書けるまでの時間とかいろいろがあり、また、様々な(例えば絵やデザイン)ところで「友人でもタダで仕事は受けるな」と言われておりますので、念のためFacebookで繋がっている、東京の某書道教室のNさんに尋ねますと「それは一枚5,000円です」とのお返事。

それはありがたく参考にさせていただきつつも、お客さんとのこれまでの関係からして、私がその金額を出すときっとヒビが入りますので、

「今まで会社で横断幕やったときは用紙持込みで3,000円くらいだったから、長さ基準に直して、二枚でそのくらいもらえれば……」と低め低めの姿勢で提示しますと「うん」と書記長さん即OK。

現場では1時間半ほどで仕上げることができ、いつも使っている2リットル入りの墨汁と、新たにもとめた朱墨と、いつも使っている筆・たまにしか使わない筆も大活躍でした。

帰り際、書記長さんから熨斗袋を手渡され、「ちょとイロ付けといたから。俺からの気持ち」と仰るではありませんか。思わず両手で受け取り、額に押し頂いてしまいました……。

あとで見てみるとその中には5,000円。

家に帰ってからすぐさま神棚にあげさせていただき、夕食後にこれを下げ、自室に戻る前には仏間で先祖の家に向かって「お陰様で頂きました、有難うございいます、有難うございます」。

居間でも、母にも改めて「お陰で文字書いてお金を頂けるようになりまして、有難うございます」。(所用で来ていた妹から「お兄ちゃん、何気持ち悪いこと言ってんの」と言われたのは内緒です。)

あとでNさんに聞いてみますと、プロでもなかなか揮毫依頼のお礼が現金となるのはあまりないとのことで「おめでとうございます」と声掛けられました。

私を書道の道へと導いてくださった、小学校時代の恩師Y先生(現在旭川在住、雅号・惠逸=けいいつ)には昨日電話しましましたが出られず、メールしたところ、今日改めて連絡くださるとのことなので、先生への御礼を以て、この「大報告」は締めを迎えます。

両手でひたいに押し頂き、いよいよ涙が出そうなくらいの嬉しさと喜びのもと、神棚に捧げ、仏前祖先に奉告し、親に感謝し、おそらく恩師に報告したところで泣いてしまいそうな気がしてなりません。

働きは金銭で値打ちをつけられるものではありませんが、働かせて頂いて頂戴した金銭は何とも言えず有難く、背景には様々な人々からの「お蔭様」で成り立っております。

2019/03/24

真の働き

2月上旬から続いている持病の悪化(アスペルガー障害の二次障害としての抑うつ状態=うつ病のような状態)に、ようやく改善の兆しがみえてきました。

22日の金曜日は久し振りにフルタイム(弊社の場合9時から18時半)で働くことができました。

服薬のタイミングも逃すときもあれば、一服するタイミングも逃すときもあり……という具合の忙しなさでした。また、時には持病の症状ゆえ、語調が荒くなることもありましたが、どうにか、フルタイムの勤務を終えられました。

その晩は仕事の疲れもあってか相当の眠気があり、驚くべきことに、睡眠導入剤なしで眠ることができました。

『真の働きには喜びが伴うだけではない。肉体の健康も、物質の恩恵(めぐみも)、地位も名誉も、おのずからついてくる』(『万人幸福の栞』76頁)

「これが『真の働き』なのか?」と体感させられた出来事でした。

もっとも、その晩から翌日=昨日の昼過ぎまで半日以上眠ってしまったのは、「やりすぎ」の信号・サインかも知れません。

そのため昨日は、一身に身を捧げ行なうこともなかなか多くなく、睡眠導入剤を飲んでも眠れなかったという具合です(寝すぎか? 仕事しなかったせいか? 喜んで物事に臨んでいなかったからか?)。

『世紀の歩調』の歌詞に、1番に「明朗」、2番に「喜働」が書かれているのも、なんとなくですが、腑に落ちた気もします。

喜び一杯精一杯、そして、『出来る仕事を心配なく』(『栞』72-73頁)行なっていくことが、いまの私に必要なことなのだろうとひしひしと感じています。

2019/03/22

書かないば落ち着かない

とても贔屓にしていただいているお客様のなかに、Sバスの労働組合さんがあります。その事務所が、或る市議会議員候補者の選挙後援会事務所としても使用しておられます。

先日、後援会事務所あての納品書・請求書を封筒に入れ宛名を書き、書記長へお持ちしたところ、筆ペンで書いた私の字を見た組合の副執行委員長の「字ぃうめぇなぁ」の一言で、約一時間に及ぶ書道談義と相成りました。

選挙ですから苗字や名前を平仮名で示す方もおられ、その市議候補者もそうだったのですが、「ふ」の元の漢字が「不」であることから話しは始まり、五十音の解説を求められましたが、忘れてるところも多く「じゃあ今度まで全部覚えてこいな」などと言われる始末。何事も「身につける」には尋常ならざる努力が必要なことを痛感させられました。

倫理研究所の文化活動のひとつ、秋津書道会のなかの「書道箴言」の五つの文言は『練習は、必ず日に一度』から始まります。たとえ筆を持たなくとも、「そら」で書いたり、手本や作品をみるのもそれに当てはまるとのことです。そういう意味では「日に一度」している部類に入るのかもしれません。

先の副委員長は

「毎日書いてるのか?」

「うん、ほぼ毎日」

「晩にか?」

「落ち着いて書けるったら、晩にだねぇ」

「書かないば(=書かないと)落ち着かないのか」

「あー、それはある」

「晩に寝る前に かかないば 落ち着かないのか(笑)」

と、正午頃に予想もしない凄まじい下ネタがぶっ放されましたが、ここで実践報告となるとも思ってもおりませんでした。

書かないば落ち着かないくらいの心境になれたのは間違いなく秋津書道会と「書道箴言」のお蔭さまだと改めて感じさせていただいたひと時でした。

2019/03/20

受け止め方次第

今朝も無事に、恋人と通話越しの「栞」輪読、私からの「栞・解説」抄読、誓いの言葉……を終えました。最近はほぼ日課になりつつあります。

さて……昨晩は、もう言葉ではとてもとても表したくないくらいの凄まじい「爆発」が家庭内で勃発し、事態が収束するまで概ね1時間半余りを要しました。

母と私の「言葉の行き違い」で大爆発が起こるさまは間違いなく家庭で起っていることですが、或いは国会で、また或いは国同士で世界でも起こっているような気がしないでもありません。

とにかくその大爆発を収集すべく、母の実家、私からみると母方の祖父母宅へ即行で電話し我が家へきてもらいまして、仲裁(?)に入り話し合いと相成りました。

その話し合いも1時間くらいでようやく煮詰まり、そこで祖父が一言。

「家族なんだし親子なんだからな、言い合いになったっていいのよ。だけどな、言葉っていうのはな、アレだ、素直に『そうだ』って受け止めるか、そうでないかで変わってくんだわ。な? わかるべ?」

素直に『そうだ』って受け止める生活が、昨日の晩からまた改めて始まりました。そこに倫理があります。

2019/03/19

原点に還ろう

私は何か生活で困ったこと(純粋倫理でいう「苦難」と言うべきもの)があったとき、家族以外で相談できる相手が幸いにして何名か(何名も?)おられます。

いつもいつもお世話になっている方々を敢えて挙げさせていただけるとすれば、恋人、恋人の母親、そして倫友となりますが、いよいよそれでも難しそうならば、家庭倫理の会入会当初から大変お世話になっている、Aさん。

私の体調のこと、家庭環境のこと等々、さまざまに相談させて頂きましたが、Aさん曰く、

「なんも、私たちはもう聞くだけだから」

「えー、なして?」

「だってMRKさん、もう(解決の)やり方わかってるんだもん」

「……やっぱり、こういうときは原点に還るのが一番ですか」

「そうですねぇ」

「明朗愛和で」

「そうそう!」

「愛和の旗掲げて、携え進もうと!」(※丸山竹秋作詞 倫理研究所所歌「世紀の歩調」)

「いや〜よく勉強してるねぇ」

「なんも、必死こいて覚えたもの〜 全国青年弁論のときにさぁ〜!」

(倫理研究所創立70周年記念 全国青年弁論大会のラストは、各ブロックからの代表弁士と、全国からの青年スタッフが東京国際フォーラム・ホールAの大舞台に載り、「世紀の歩調」を会場の皆さんと大合唱しました)

冗談はともかく、やはり、原点は重要というのは間違いないそうです。

以前にS研究員(当時 生涯局青年育成室次長、現在 法人局教育業務部次席?)に相談を手紙を書き、氏から頂戴した返信の便りに拠りますと、次のように記されておりました。

『倫理の基本に則ること。即ち、”明朗、愛和、喜働”を深く心に刻みつゝ、事に当ることです。……果たして自分は、明朗であるか、人と接するに愛和であったか、喜び一杯働いているか、よく見つめて下さい。そして、明朗・愛和・喜働に取組もう』

(平成27年2月6日、私信)

『未来はどうなるから、誰もわかりません。肉体も精神も、いつどのように変化していくか、わかるものではありません。でも、一歩一歩の実践が、着実に踏み行なわれていくことにより、何かに変化が起ります。そのことをひとすじに信じて、取組んでみて下さい』

(平成29年7月26日、私信)

繰り返し反復するのは大切なのも間違えなく、その戻る先は「原点」である「明朗・愛和・喜働」、そして「純情=すなお」な心境であること、これに他ならぬことを改めて心に刻ませて頂きました。

2019/03/17

繋がりから始まる

16歳の春から精神疾患に罹患しておりますが(自律神経失調症と言われたのは15歳の秋頃)現在に至るまで、といいますか、高校時代に5回の入院歴があります。そのうちの一回、17歳の夏は閉鎖病棟への入院で、保護室=いわゆる独房(ベッドと便器しかない六畳間、鉄格子で常に施錠)に隔離されたこともあります。

第1回目の入院と、第4回目の入院(上述の隔離された時期があったとき)のときに、仲良くさせてもらった中年女性でK田さん(当時は実態上のみ結婚されていたのでM利氏)という方がおられ、また、そのK田さんと仲が良かった方でK保田さん(同じく当時は結婚されていたのでM本氏)という方がおられました。

私も何度も入退院を繰り返していた時期で、また、症状も相当のものでしたので、先に何度目の入院云々と書いたものの、その人間模様については記憶も曖昧なのですが……。

3月14日木曜日の夕方4時頃、私の携帯電話へ突然知らない番号からの着信がありました。

「もしもしー」

「あの、丸小さんの携帯でしょうか」

「ハイ」

以前病棟でご一緒したK保田なんですけど、いや、当時はM本だったんですけど離婚してK保田なんですけど」

「あ、ハイ……」

「その節はお世話になりまして、ありがとうございました」

「いえいえこちらこそ、あのときはお互い大変でしたから(←必死に思い出している)」

「実は、K田さんから、なんかご実家戻られてご活躍されてると聞きまして」

「いやいや、活躍なんて、なんもなんも……」

お話しを伺うと、

- 退院後、新しい命を授かり出産したものの、旦那とは離婚

- パート等の職をいくつかし、現在は雇用保険を受給中

- 選考に通れば5月から介護関係の職業訓練を受給予定

- その間時間があるので、パソコン(特にWordとExcel)の勉強をしたい

- その話をK田さんとしていたら、丸小の名前があがった

ということで、私もその日は早めに仕事をあがる段取りでいましたので、ひと通りの仕事を片付けてから、「電話で話すのもなんですので、お会いしてお話しましょう」ということに。善は急げ、即行です。

約一時間後に仕事も片付き、その方のお宅へ訪問しまして、まぁお座りください、となった瞬間に驚きました。テーブルの上にはすでに「エクセル・ワード」と表紙に書かれたノートがあがっていました。もうすでに「事」は動き出していました。即行がすでになされていました。

互いに「あの頃」から「今」までの話しをしてその十数年間を振り返り、「いやぁ、すっかりお互いに状況も変わりましたね」などと話しも落ち着き、本題へ。

仕事として請けることも考えたのですが、この繁忙期に(しかも私の体調も不安定ななかで)仕事中の時間を費やすのも難しく、また、昔の繋がりから始まり今があるということもあり、あくまでプライベートな付き合いということで、概ね毎週日曜日午後に約2時間×5回ということで話しはまとまりました。

「あの、お値段は……」と問われ、私もしばし悩みましたが、まずは手許のスマフォで1分弱調べさせていただきました。

間柄もありますし、プライベートということもあることから、専門業者の相場よりも安いという某シルバー人材センターの同様のサービスよりも安めの額で「お気持ち」ということで頂戴することと相成りました。

まさか、十何年も前の、しかも病棟での繋がりが、その時を経てまた繋がりが始まるとはまったく考えもしませんでした。世の中はすべて一瞬一瞬の偶然の連続で時が流れておりますが、偶然というにもなかなか足らないものがあるようにも思われます。

ちなみに、すっかりご無沙汰していた共通の友人K田さんとも、その日の晩に数年振りに電話で話すことができました。

さて、今日がその初日です。お教えするのに用いる資料はすでに昨日のうちに用意が済んでいます。が、どうも気持ちが落ち着かず、昨晩に他のことまで「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」として、布団に入ってもあまり眠る気にもなれず、緊張の日を迎えております。とどのつまり、例により、眠れぬ日はそれを「受け容れる」ということで朝を迎えております。

否、緊張というよりも、ある種の昂奮に近いものがあるかもしれません。

気づいたらすぐに行う即行の大切さも然ることながら、繋がりやご縁の大切さを感じさせられたこの数日間でした。

2019/03/14

捉え方次第、使い方次第

体調は一進一退を繰り返し、しかし段々と働ける「サイン」がわかってきたといいますか、「赤信号」から「青信号」への変更方法がわかってまいりました。すなわち、「煙草を吸うこと」……。

思い返せば、私が煙草を日常的に吸い始めたきっかけは、強い不安感や希死念慮があったときに、煙草を一本吸った直後にその症状が消失したことがそれでした。もう11年ほど前のこととなります(年齢を逆算してはいけません)。

そういうわけで、昨日は例によりベッドの上で四苦八苦する午前中を過ごしましたが、昼過ぎにやっと一本吸いますと、まもなくして冷静さを取り戻すに至りました。

身のまわりの出来事が、捉え方次第で「これがよい」となったり「これは悪い」となったりするように、身のまわりのモノもまた、使い方次第で「これがよい」となったり「これは悪い」となったりするようです。煙草・ニコチンによる覚醒・鎮静作用は精神疾患には良い効果を示すことは確かにありそうです。

(ちなみに、多くの抗不安薬・睡眠導入剤の系統である「ベンゾジアゼピン」に比べ、煙草の方が依存性評価は高いようですが、状況が状況ですので考えないようにします。)

倫理研究所理事長の丸山敏秋氏によりますと、世の中は螺旋を描くようにまわっている、といいます(2014年12月、青年リーダー会@御殿場 富士研)。

これは世の中のことだけに限らず、私の体にも言えそうです。

時が流れていくごとに、良くなったり戻ったりを繰り返し、ある時パッと、或いはじわっと、変わっていくその瞬間に向かっていると信じるしかありません。

ただ時に身を任せて、繰り広げられている人生劇場のなかに私たちはいます。

P.S. 眠れない夜はその状況を受け容れつつ、無理して眠ることなく、そのままに朝を迎えました。この夜のあいだに手紙三通書き上げることができました。やっぱり物事は捉え方次第です。

P.S.(2) 3月3日に行なわれた英検準2級の二次試験ですが、12日に合格発表があり、無事、合格と相成りました。応援してくださった皆様に御礼申し上げます。特に「それだけ答えられれば大丈夫!」と仰ってくださった、S倫理法人会元会長Kさん(英会話教室経営)には篤く篤く御礼申し上げます。

2019/03/10

即行デイ

昨日は苗穂駅前からのT中さんの軽々としたお迎えでもっての「おはよう倫理塾」(の座談)からスタートさせて頂きました。我が家のような雰囲気のある会場の暖かな空気に包まさせて頂きました。

地下鉄白石駅まで送って頂き、ひと息ついてハッと思いついたのが、東西線といえば円山公園沿線、ということは北海道神宮に行ける、というわけで、即行で北海道神宮に向かい参拝。家内安全、商売繁盛、そして妹の安産祈願(6月予定)、多くは望みません。

大通公園周辺をまったりしていますと、私の彼女も即行っぷりを発揮し?!予定より1時間も早く落ち合い、伏古・理容いちばん星へ着いたのも10時前というスピーディーっぷり。

いちばん星から一番近い親戚宅へ送って頂きますと、(家の電話に出なかったので不安でしたが)家先で雪溶かししていた親戚と無事会うことができ、お邪魔することができました。

このように日常の様々な出来事の中に「自分が変われば相手も変わる」という不変の生活法則を再発見させて頂きました。

余談ですが昨晩の話し、彼女のお父さんもお母さんも「新世」の読みたい読みたいと思っておられたということが判明いたしました。様々な方向から様々なものが変わり始めています。

このあとは家庭倫理の会札幌市の決まりのとおりに6時から2人で初めて面と向かっての栞輪読となり、その記念すべき時を迎えます。

2019/03/07

ふたたび模索

倫友の方々に電話で相談させて頂いた昨日でした。

「眠れてるの?」「便のピーは?」というT中K人さんからの問に対して私の答えは「もうー寝付けなくて」「あんまり出なくて」。

すると「ああー、それは出さないと。出せば入るだから」という発顕還元に通ずるところがありそうですが「いやー、そんな難しいこと考えないでいいから出して。水飲んで、水。ガブ飲みしてください。あとあっためて。あのー、百均カイロ。あれがもうすごいから。これうちの娘の実践報告ですから、えぇ!」。

あいにくカイロの用意までには至りませんでしたが、電話を終えて1分後には水をコップ三倍ほど、水水水、スイスイスイといただきまして、今日の変化が気になるところです。

また、O澤Hるみさんからは墓参し祖先に念じることを勧められましたが、稚内市の墓地は山の上にあり冬季通行止めですので、昨夕は仏前に向い、真宗大谷派の形式に則りその勤行を久し振りにフルコースでさせて頂きました。

「南無阿弥陀仏」の六つの字には「お母さん、産んでくれてありがとう」という意味がある、と、士別市 勝福寺の前住職が仰っていたことを申し添えます。

『六字の名号の文字のうつくしさ変転自在無碍のみ光』(丸山敏雄、昭和26年)

朝の行動も模索、模索です。相も変わらず睡眠導入剤がなかなか効かないなかではありますが、「受け入れる!」と助言して下さったのは同じく倫友のM澤N昭さん。眠れないのも「これがよい」ということで、0時過ぎから4時45分頃までは、パソコンに向かってプライベート仕事兼用の資料作りを、しかもコーヒーまで飲みながらさせていただきました。

なお約二日間にわたり恋人との痴話喧嘩(だいたい言葉の行き違い)が断続的に続いておりましたが、「スイスイスイ」や「南無阿弥陀仏」や「これがよい」の影響かわかりませんが、昨夕無事に仲直りに至り、三日振りに二人揃って『栞』を読ませていただき、つづいて『栞 解説』、誓いの言葉までのフルコースを5時から5時50分まで過ごさせていただきました。

さて、日中どれだけ人の喜びを我が喜びとできるのか? 体のサインを察知できるよう気を付けながら、無理をせずに、喜んで働きます。

2019/03/06

模索

苦難も苦難、大苦難です。薬が効きません。

おそらく抑うつ状態の運動抑制で、昨朝の起床は難しく、そのなかでけたたましく鳴り響く母からの電話。

ここは「ハイ」出て受けるのが、生活法則である純粋倫理の実践なのでしょうが、その前段が整っておりません。

あとから祖母に聞いた話しですと、「調子悪くて寝込んでるんだから、あんまり電話かけるのやめな」と母に言ったらしいのですが、数えただけでも5回鳴っておりました。

私が直面しているこの苦難、どうしても、家庭が根本にあるような気がしてなりません。

病気になってからでも、できる仕事を心配なく行なっていくのが要ですが(『栞』72〜73頁)、できない仕事を憂えながらせざるを得ない状況のなか、解決策を模索しています。