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ひとり実践報告 (朝メール)

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2019/04/23

後始末

4月21日、無事に情報処理技術者試験(区分:データベーススペシャリスト試験)を終え、日付が変わるくらいの時間に帰宅しました。

心も体(特に腰)もギリギリの状態のなかで臨んだ反動か、昨日はとんでもないくらい眠ってしまい、体の悲鳴を感じたところです……。

勉強した内容等々はすべてファイリングしており、帰ってきたその日のうちに、試験に関する文書・受験票等々もファイリングし終えたのですが、部屋のなかには「勉強しようとした解説文書」などが大量にあり、昨晩それも一気にファイリングしたところです。

『小さい事に末を乱す人は、大切な事に終りを全うしない』(『栞』94頁)

『物の整理は心の整理、感謝をこめて後始末』(セブンアクト 7)

試験関係の書類だけではなく、周りのあらゆる物々に対し、感謝をこめて後始末をしなければと改めて意識させていただきました。

2019/04/20

腰を痛めればおめでとう

『万人幸福の栞』には、「病気になればおめでとうという時代がきた」とか「病気のお見舞いにそれは結構ですという時代がきた」とか述べられております。

昨日午後、3件の配達があるうち、2件目を終え、車に戻ろうとしたところ、腰を「軽く空振り」してしまった感じがして「あぁ、これは配達が終わったらすぐ薬を飲まないと」と思っておりました。

が、3件目を終えて数分後、痺れのような違和感を覚え、ちょうど昔から馴染みの整骨院まで車で1分の場所におりましたので、会社に電話し母に「腰やっちゃったかもしれないからK村さん(K村整骨院)行ってくる」と一言連絡し、即行で一週間振りに整骨院で施術となりました。

小学校の頃から知っている先生ですので、施術の合間合間の会話も「浜弁」全開です。

「やー、日曜日に国家試験だのさ〜」

「大丈夫かい。湿布とか飲み薬とか持ってったほうがいいよ」

「Sさん(整形外科)でもらったのあるから大丈夫だわ。あとコルセットしてくわ」

「塗り薬は?」

「アンメルツならあったわ」

「それも持ってったほうがいいわ」

と、図らずも、慢性腰痛を持ちながら試験に臨むに際しての「四種の神器(湿布、飲み薬、塗り薬、コルセット)」をお教えいただきました。

会計を終えたあとも

「あんまり頭ばっかイイから重くって腰までくるんだべさ〜」

「や〜、それはどうだかな〜。でも今回受かる気するんだよね〜。1年半前に国家試験受かった時も、その直前に腰痛めたから、パターン同じだもの」

「したらもう、決まったもんでしょ」

「だといいんだけどね〜」

「こういうのはね、受かる!って思えば受かるべし、……あぁ〜っ、って思えば、そうなるんだってば」

「あー、やっぱりそういうもんかい」

という会話の中で、『栞』の「信ずれば成り……」を再確認させていただいた上に、さらに激励の言葉まで頂いてしまいました。

「ちょっと空振り」してしまったときは「ヤバいなぁ……」と感じましたが、その後に待っていたのは、まさか、助言・激励・純粋倫理の証明であったとは……!

「病気になればおめでとう」の私なりの捉え方が、またひとつ増えた昨日の午後でした。

このあと6時半発のバスで札幌へ向かい、余裕をもって今日を過ごし、明日、情報処理技能検定試験です。

2019/04/19

心配なくつづける

試験勉強の関係や体調の善し悪しの関係により、一週間振りの朝メールとなりました。

年に二度実施される情報処理技術者試験ですが、そのレベル4・高度区分にあたる試験には、年に一度しか実施されないものがあり、私が受けるデータベーススペシャリスト試験も春(4月の第3日曜日)にしか実施されない試験区分です。

もちろん学習すべき期間には、事務機業界の繁忙期が重なり、また、どういうわけかその時期に私の持病も悪化し、とにかく2月半ば頃からは文字通り「四苦八苦」の状態でした。

先週木曜の精神科診察では、主治医のY先生から、「繁忙期も落ち着いてきたということですし、試験を終えれば体調も或る程度落ち着いてくるでしょうから、様子見てみましょう。お薬はそのまま自己調整ということで良いですよ」との言葉を頂きました。(近日中に症状軽快の可能性あり!)

また、かかりつけ薬局の薬剤師さんからは「国家試験? 何の? 難しいの?(合格率、十何%ですよぉ) 気楽に行っといで! 落ちて当然、受かったら儲けものってくらいでいいんだよ〜!」とのことでした。

今週もまた体調一進一退、或いは『三歩進んで二歩下がる』の状況のなか、地道にやれることだけを、かつ無理せずに、仕事したり勉強したりしてきました。

『栞』に書いてあるとおり『出来る仕事を心配なく働きつづけていたら……』やはり肝心なことのようで、お陰様で、仕事の方では先々週にパソコンのほぼ即決の契約があったり、一昨日は某中学校から例年通りの美術教材一式の受注を頂きました。

そうしているうちに、だんだんと働ける時間も長くなってまいりました。できる仕事を無理せずに行なううち、必ず"還ってくる"ものがあると確信させていただき、また、それにあわせて症状の軽快、健康も伴なうということも、確信させていただきました。

あとは、4月21日の試験です。

「人事尽くして天命を待つ」ことができるよう、試験当日の開始時刻のそのときまで、「出来る勉強を心配なく」継続させてまいります。

2019/04/12

姿勢・闊歩

昨日は4月に赴任した新主治医との初めての診察でした。

すべてがスムーズに進み、不要な薬一種類は削っていただき、他はあまりいじらずに「繁忙期も終わりかけで、国家試験前で体も不安定な状況ですから、それが終わるまで様子見てみましょう」ということになりました。

帰り際、精神科病棟から本館の支払窓口へ行く際中、診察を終えた主治医と会い「あ、どうもー」と挨拶を交わした、そのあとが私としてはもう衝撃的でした。

凛とした姿勢でスタスタと、医局へ向かうべくエレベータの方へと歩いていきます。

その姿勢、背筋を伸ばして顎を引き、田舎とは違う都会の速さのスタスタとした歩き方に感動を覚えました。

倫理研究所が家庭倫理の会の青年活動や、倫理法人会モーニングセミナーの朝礼に使っているものに「7 act(セブンアクト)」というものがあり、その中の5つ目には『背筋を伸ばしてあごを引く、姿勢を気力の第一歩』とあります。

『栞』にあるとおり、万象我師。私たちに何かを教えていただける存在はすぐそこに在るということ(しかもそれが新主治医だった)を改めて認識させて頂き、また、7 actに間違いがないことも再び確認させて頂きました。

また、丸山敏雄先生は『一家愛和の中心は、健康でなければならぬ、明朗でなければならぬ、快活でなくてはならぬ。ぐずぐずするな。大空を仰いで、堂々と闊歩せよ』と記されてあります(『青春の倫理』改訂新版、22頁)。

背筋を伸ばしてあごを引き、大空を仰ぎ、今日も堂々と闊歩します。

2019/04/11

朗らかに働き、休む

何を以て医療と呼べばよいのか、何を以て医学と呼べばよいのか、わからない世界になってきました。

持病の精神疾患(アスペルガー障害と抑うつ状態)についてですが、薬に慣れてしまったせいか、4週間前くらいから出されている安定剤は効きが少しずつ悪くなったり、効果が切れるのが早まってきたりしているように感じられています。

あるいは、睡眠薬はその日その日の心と体の状態により、効きすぎたり効かなかったりしており、依然として睡眠リズムの改善には至っておりません。

睡眠薬なしで眠れる日というのは、だいたいが徹夜明けの日か、働いて疲れ切った日です。

ここに倫理があるんじゃないかと、ちょっと考えさせられました。

喜んで一所懸命に働いたときに、恵み・睡眠が与えられるのかもしれない、と。

安定剤云々に関しては、離脱症候群や耐性の可能性もありますので一概には言えませんが、睡眠に関しては、生活法則である純粋倫理が関係している気がしてなりません。

朝は朗らかに起き、昼は朗らかに働き、夜は朗らかに休む(『栞』)

これが肝心要ではないかと感じさせていただきました。

折りしも今日は診察日。

まずは睡眠導入剤の減薬・断薬の交渉を行ないたいと思っております。

2019/04/08

そこに倫理がある

昨日寝すぎたせいか、眠剤を飲んでも3時前に目が覚めまして、机の整理したり書道したりしておりました。(試験勉強は一向に捗っておりません……。)

寝起きといいましたら、俗には体が緊張しきっていないから、「クシャミだけでギックリ腰やることだってあるんだから気をつけなよ!」と前の前の前の職場で言われたことがあります。

そういった状況の中で、机の整理だなんだとしていたものですから、ある瞬間にちょっと腰をひん曲げてしまったような感じがしまして、慢性腰痛2年生の身の直感として、「あ、これはヤバいかも!」と。

そこに倫理があります。

腰痛が悪化する前に、昨日お風呂に入らなかったものですから、とりあえず洗面台のところで髪だけは洗っておき、その後はロキソニンテープ(湿布)を腰にペタッと処置をとりました。

即行で事を行なえたからなのかどうかはわかりませんが、幸い、坐骨神経痛はまだ生じておりません。

純粋倫理は、誰がどこで行なっても常に正しい生活の法則(すじみち)です。

「どこに倫理があるのか?」と言われると、「そこに倫理がある」と体感させていただいた今朝の出来事でした。

2019/04/06

未普及地での普及

当地では倫理の風がいよいよ巻き上がりつつあります。

「新世」に興味があるというTさん(私と同じ年)がおり、また、先日からパソコンの個別指導をさせて頂いているKさんは『栞』を読みたいということで、事前にお金を頂いたうえで私が代行し購入し、昨日お渡しできたところです。

よく「それって何なの?」と聞かれます。

「社会教育団体です。元々は戦後間もない頃、『日本の再建は家庭から』と、家庭・夫婦から生活をよくしていこうと発足し、70年余り経っています」

そうすると「宗教じゃないの?」と効いてくる人もおられます。

「宗教じゃないです。一般社団法人ということもあるけれど、ここ、見てください」と私は栞の『序』をお読み頂きます。

『苦難は幸福の門であり、万人が必ず幸福になれる絶対倫理が現われた……

 それは、宗教でも、主義でも、学説でもない。実行によって直ちに正しさが証明できる生活の法則(すじみち)である』

そのうえで、『栞』に書かれてあるいくつかの部分をご紹介すると、Kさんは「へえ! こんな本あるんだ! あたし、こういうの読みたかったの! 買うわ!」という流れになったのが先週日曜。

昨日お渡しした後すぐ読まれたようで「私はどん底だったからこの本見てはげまされた。助けてくれてありがとう。大好きな札幌の友達に今度送ってあげたい」とのLINEを早速いただきました。

ご存じのとおり稚内に住んでいる倫理会員は私一人で、雑誌『新世』を読んでいる世帯も、我が家と母方祖父母宅の2世帯ですが、いよいよ、広がりをみせています。

今後はどのようにして活動をしていくか? を考えさせられております。

札幌の会長と密に連携しつつ、模索していきたいところです。すでに昨日会長と連絡がつき、「そういうことなら本部に聞いてみないとわからないから、ちょっと二、三日待ってて」というお返事。

これからどうなるか、とっても楽しみになってきました。

2019/04/05

働けば健康である

どういうわけか、100,000円以上の物件(いわゆる備品と呼ばれる類)を一件でも決定すると、体調がよくなる傾向があります。

ちょうど昨日、R社から今月の特価品リストが出ましたので、それに気づいた昼、以前からチラチラと新しいパソコンの話しをしていた某労働組合さんの書記長さんに電話をしました。

「本体かくかくしかじかの金額で、ディスプレイいくら、設定費いくら、4年リースだとゴニョゴニョっと掛け算して、月額何千円なんですよ」

「へぇー。……ちょっと待って(執行委員長と話している声)」

「なんぼか変わるか社長に聞いてみる?」

「うん、そうして」

「そしたら金額決まったら見積り持ってきますんで。よろしくお願いしますね」

即行で社長(父)に電話し、「4年リースの料率なんぼだっけ?! 決まるかもしんないわ!」「***%! あと適当にやって〜!」

もうこうなったら見積書の様式に拘っている暇もなく、過去に使った様式を流用し、内容を今回のものに書き換え、5分かからずに見積書完成。

急ぎの配達もあったのですが、それは母にお任せし、私はお客様のもとへ。その際、個人的に「願掛け」としている、手嶌葵さんカヴァーの吉田拓郎さんの『流星』(10年くらい前のR社CMソング)を車のなかで流しながら……。

結果、執行委員長「おう、したら、いいぞ」、書記長「うん、いいよこれで」と、まさに即決となりました。

そしてその後……これまで困り果てていた症状は若干の改善の傾向が見えています。

「人は働けば健康である」……。これが、できる仕事を心配なく喜んで働き続けてきた結果ではないかと、ひしひしと感じさせていただきました。

2019/04/04

睡眠の苦難

いま私の目の前にある苦難はといいますと、病気の症状よりも、睡眠です。

もちろん睡眠導入剤(眠剤)を飲んではいますが、何週間か前からか、「眠りすぎてしまう→夜に眠剤が効きにくい→そわそわした気分になり寝付けない→徹夜明けで仕事をする→夜から翌日にかけて半日くらい寝てしまう」という、『二日間ベースのサイクル』に陥っております。

きっと心のどこかが鈍感なのかなぁと思っています。だから、体が「しんどい!」とか、「これくらいにしとけ!」とか、そういったサインを読み取れない。

(いわゆる「一気にガ〜ッっとやってしまう」のは、疾病故の「生まれ持った性格」という医師の意見もありますが……。)

医師からは「この状態では仕事は半分くらいの量からにしてください」とか、薬剤師からは「繁忙期は体あっての繁忙期なんだから、休んで!」とか言われている身。

今日は「しんどい!」のサインが出る前に、最低限やることだけやってしまおうという方針で過ごしていきたいと思っています。

付記……病気へのお見舞いにそれは結構です、という時代がきました(『栞』疾病信号)。誠に勝手なお願いですが、私への「お大事に」はご遠慮ください……。

2019/04/02

政府から新元号「令和」の発表がなされた昨日。

文房具屋としては、昭和から平成への改元のときの同様に、元号のゴム印や、二重線の上に元号のゴム印の需要があるかと思われましたが、こちらの動きを待たずに某中学校からは午後一番でその注文を頂きました。

また、病み病みの体で昼過ぎから出勤した私も、何軒か運送関係のお客様を中心に伺いましたが、3件から計6本の元号関係のゴム印の注文を受けました。

「西暦のほうが便利でイイ!」という市井の声もありますが、元号が根付いている業界もたくさんあります。

あるいは種々の業務システムの導入により、これを機会に伝票を元号表記から西暦表記に改めたり、メーカーの保守対応により出力される帳票は5月から新元号と自動的に対応されるものはありますが、手書き帳票は残るところには残っており、また、必要とされる場面は存在しているものです。

新元号の「令和」。その2文字のなかで個人的に印象的だったものはやはり「和」の文字です。

人々が和すること、組織と組織が和すること、国と国とが和すること、世界の平和……そんなことが頭に浮かびました。

倫理運動を創始した丸山敏雄先生も、倫理の基本は「明朗・愛和・喜働」そして「純情(すなお)」と記しています。

色々な「和すること」が浮かんできた身としては、来たるべき「令和」の御代に、その「愛和」も必要とされている気がしてなりません。

ともかく、「和」の時代の到来(いや、昭和の時代からすると再来?)、それを心から待ち望みたいと思います。

2019/03/31

大切なもの

一昨日の夜、ひょんなことからSNSで知り合い気が合った人とLINE通話越しで飲む、という極めて現代的なコトをしておりました。

その方はIT企業に在職しており、インフラ関係の技術者として働いておられるとのことです。

「学生時代に(Webアプリの)設計開発もしてたんでしょ? 応用情報(応用情報技術者試験、経済産業省所管の国家試験)も持ってるしさ、たっくんくらいのスキルならさー、うちの会社なら年収500万くらいはいくってー。東京来なよ〜」

などと、酔った勢いもあってかなくてか、その人は仰っておりました。

それでも私は断固拒否。気持ちは有難いですが、断固拒否。

四十年近くにわたって築き上げられた、「○○○○さん」とさん付けで呼んでくださるお客様と○○○○○○との関係。そういったものを放り出してまで東京にまで行く気はまったくありません。

確かにお金は何をするにも必要な場面は多いですし、手持ちが少ないよりは多い方が良いかもしれません。

しかし、本当に大切なものは何なのでしょうか。

サン=テグジュペリさんが『星の王子さま』であらわした「王子」は、『大切なものは目に見えない』と教えてくれています。

2019/03/29

聞くこと・知ること

昨日の精神科定期受診は現在の担当医が転勤になるということで、その最後の受診日となりました。

二年間のうち特に初めのうちは喧々諤々、ドクターの言動や「かわし方」を疑問に思い、PSWに相談し意見したこともありましたが、端的に言って、「良医」そのものでした。

その最後の診察日の一番最後が私。

今回はやっと念願が叶い、診察の途中から父親が同席、ということになりました。

どうしてもこういった疾患を持った人間が生活していくには、家族の理解が不可欠です。

これは素人として言っているのではなく、元・障害者就労支援事業所の生活支援員として、他のそういった人々と接してきた経験からしても、明らかなものです。

ひと通りの診察を終え、父親にも診察室に入ってきてもらい、三人(+同席看護師)が診察室に。

私もよくドクターとは話す方なのですが、父親もやはり聞きたいこと・相談したいことは相当にあったようです。

私が診察室に入ったのが12:15頃、話しも落ち着き二人して診察室から出たら12:55になっていました。

久し振りに、診療報酬明細書の「通院精神療法(30分以上)」の項目を見ました。

家族だからそう見えたのかもしれませんが、ドクターの説明に父親もしっかりと頷いており、生活上の様々なことや、私の疾病ゆえの特性等について、納得している様子が窺えました。

何事も、知らなければ実行に移せません。知るには聞かなければ始まりません。

改めて認識させていただき、「清き耳」を持ち続けていきたいと思わせられたひと時でした。

2019/03/28

無理したことも発顕還元

世の中が螺旋を描くように動いているのならば、その中にいる私の、その体調もまた、螺旋を描いているように感じられます。

ウツの症状を気にせず仕事ができた月曜日、何とか誤魔化しながら仕事をし終えた火曜日、そして、およそ使い物にならなかった昨日水曜日。「三百六十五歩のマーチ」の歌詞のような様相を呈しております。

(なお、昨日起きれなかったのは前の日に知人(中学の後輩にあたる)と飲んだせいじゃないかとか、薬の飲む時間の関係じゃないかとか、いろいろな俗説が家庭内で囁かれておりますが、寝起きの困難さと、昼前後から襲ってきた猛烈な不安焦燥感や希死念慮とは、まったく別物と考えられることを申し添えなければなりません。)

そのような流れのなかで、昨日の夕方からはやはり体調芳しくない状態が続いており、無理した分が体に返ってきた「発顕還元」のような気がします。

また、すでに恋人からは『無理したら、心に来るカップルですから…』と釘を刺されております。

無理、理を無くす、こういったことがないように、できる仕事を喜んで行なえるように……、換言すれば、できそうにない仕事は無理して行なわないように(?)、心がけてまいります。

2019/03/25

お陰様大報告会

昨日は朝から大忙しで、ケータイをS社からD社へMNPをし尚且つ法人契約にしようと事前手続きのうえ父親(社長)同席でDショップへ。

機種契約までの約2時間のあいだに、知人(といっても仕事上ではお客様)から超特急で急ぎの揮毫(筆で文字書き)の個人的ご依頼があり、以前のiPhoneのデータからの復旧を帰宅後1時間2時間と試みやっと落ち着きそうだったので、道具一式と体一つで向かうことにしました。

このシーズンですので、お相手も労働組合さんなので、俗に「為書き」というのでしょうか、「爲何某云々殿 祈必勝 どこそこ団体会長 何某何某」というものを、紙はあるので「爲から最後まで書いてほしい」というご依頼です。

金銭に値打ちはつけられませんが、こちらの用具の関係と、字が書けるまでの時間とかいろいろがあり、また、様々な(例えば絵やデザイン)ところで「友人でもタダで仕事は受けるな」と言われておりますので、念のためFacebookで繋がっている、東京の某書道教室のNさんに尋ねますと「それは一枚5,000円です」とのお返事。

それはありがたく参考にさせていただきつつも、お客さんとのこれまでの関係からして、私がその金額を出すときっとヒビが入りますので、

「今まで会社で横断幕やったときは用紙持込みで3,000円くらいだったから、長さ基準に直して、二枚でそのくらいもらえれば……」と低め低めの姿勢で提示しますと「うん」と書記長さん即OK。

現場では1時間半ほどで仕上げることができ、いつも使っている2リットル入りの墨汁と、新たにもとめた朱墨と、いつも使っている筆・たまにしか使わない筆も大活躍でした。

帰り際、書記長さんから熨斗袋を手渡され、「ちょとイロ付けといたから。俺からの気持ち」と仰るではありませんか。思わず両手で受け取り、額に押し頂いてしまいました……。

あとで見てみるとその中には5,000円。

家に帰ってからすぐさま神棚にあげさせていただき、夕食後にこれを下げ、自室に戻る前には仏間で先祖の家に向かって「お陰様で頂きました、有難うございいます、有難うございます」。

居間でも、母にも改めて「お陰で文字書いてお金を頂けるようになりまして、有難うございます」。(所用で来ていた妹から「お兄ちゃん、何気持ち悪いこと言ってんの」と言われたのは内緒です。)

あとでNさんに聞いてみますと、プロでもなかなか揮毫依頼のお礼が現金となるのはあまりないとのことで「おめでとうございます」と声掛けられました。

私を書道の道へと導いてくださった、小学校時代の恩師Y先生(現在旭川在住、雅号・惠逸=けいいつ)には昨日電話しましましたが出られず、メールしたところ、今日改めて連絡くださるとのことなので、先生への御礼を以て、この「大報告」は締めを迎えます。

両手でひたいに押し頂き、いよいよ涙が出そうなくらいの嬉しさと喜びのもと、神棚に捧げ、仏前祖先に奉告し、親に感謝し、おそらく恩師に報告したところで泣いてしまいそうな気がしてなりません。

働きは金銭で値打ちをつけられるものではありませんが、働かせて頂いて頂戴した金銭は何とも言えず有難く、背景には様々な人々からの「お蔭様」で成り立っております。

2019/03/24

真の働き

2月上旬から続いている持病の悪化(アスペルガー障害の二次障害としての抑うつ状態=うつ病のような状態)に、ようやく改善の兆しがみえてきました。

22日の金曜日は久し振りにフルタイム(弊社の場合9時から18時半)で働くことができました。

服薬のタイミングも逃すときもあれば、一服するタイミングも逃すときもあり……という具合の忙しなさでした。また、時には持病の症状ゆえ、語調が荒くなることもありましたが、どうにか、フルタイムの勤務を終えられました。

その晩は仕事の疲れもあってか相当の眠気があり、驚くべきことに、睡眠導入剤なしで眠ることができました。

『真の働きには喜びが伴うだけではない。肉体の健康も、物質の恩恵(めぐみも)、地位も名誉も、おのずからついてくる』(『万人幸福の栞』76頁)

「これが『真の働き』なのか?」と体感させられた出来事でした。

もっとも、その晩から翌日=昨日の昼過ぎまで半日以上眠ってしまったのは、「やりすぎ」の信号・サインかも知れません。

そのため昨日は、一身に身を捧げ行なうこともなかなか多くなく、睡眠導入剤を飲んでも眠れなかったという具合です(寝すぎか? 仕事しなかったせいか? 喜んで物事に臨んでいなかったからか?)。

『世紀の歩調』の歌詞に、1番に「明朗」、2番に「喜働」が書かれているのも、なんとなくですが、腑に落ちた気もします。

喜び一杯精一杯、そして、『出来る仕事を心配なく』(『栞』72-73頁)行なっていくことが、いまの私に必要なことなのだろうとひしひしと感じています。

2019/03/22

書かないば落ち着かない

とても贔屓にしていただいているお客様のなかに、Sバスの労働組合さんがあります。その事務所が、或る市議会議員候補者の選挙後援会事務所としても使用しておられます。

先日、後援会事務所あての納品書・請求書を封筒に入れ宛名を書き、書記長へお持ちしたところ、筆ペンで書いた私の字を見た組合の副執行委員長の「字ぃうめぇなぁ」の一言で、約一時間に及ぶ書道談義と相成りました。

選挙ですから苗字や名前を平仮名で示す方もおられ、その市議候補者もそうだったのですが、「ふ」の元の漢字が「不」であることから話しは始まり、五十音の解説を求められましたが、忘れてるところも多く「じゃあ今度まで全部覚えてこいな」などと言われる始末。何事も「身につける」には尋常ならざる努力が必要なことを痛感させられました。

倫理研究所の文化活動のひとつ、秋津書道会のなかの「書道箴言」の五つの文言は『練習は、必ず日に一度』から始まります。たとえ筆を持たなくとも、「そら」で書いたり、手本や作品をみるのもそれに当てはまるとのことです。そういう意味では「日に一度」している部類に入るのかもしれません。

先の副委員長は

「毎日書いてるのか?」

「うん、ほぼ毎日」

「晩にか?」

「落ち着いて書けるったら、晩にだねぇ」

「書かないば(=書かないと)落ち着かないのか」

「あー、それはある」

「晩に寝る前に かかないば 落ち着かないのか(笑)」

と、正午頃に予想もしない凄まじい下ネタがぶっ放されましたが、ここで実践報告となるとも思ってもおりませんでした。

書かないば落ち着かないくらいの心境になれたのは間違いなく秋津書道会と「書道箴言」のお蔭さまだと改めて感じさせていただいたひと時でした。

2019/03/20

受け止め方次第

今朝も無事に、恋人と通話越しの「栞」輪読、私からの「栞・解説」抄読、誓いの言葉……を終えました。最近はほぼ日課になりつつあります。

さて……昨晩は、もう言葉ではとてもとても表したくないくらいの凄まじい「爆発」が家庭内で勃発し、事態が収束するまで概ね1時間半余りを要しました。

母と私の「言葉の行き違い」で大爆発が起こるさまは間違いなく家庭で起っていることですが、或いは国会で、また或いは国同士で世界でも起こっているような気がしないでもありません。

とにかくその大爆発を収集すべく、母の実家、私からみると母方の祖父母宅へ即行で電話し我が家へきてもらいまして、仲裁(?)に入り話し合いと相成りました。

その話し合いも1時間くらいでようやく煮詰まり、そこで祖父が一言。

「家族なんだし親子なんだからな、言い合いになったっていいのよ。だけどな、言葉っていうのはな、アレだ、素直に『そうだ』って受け止めるか、そうでないかで変わってくんだわ。な? わかるべ?」

素直に『そうだ』って受け止める生活が、昨日の晩からまた改めて始まりました。そこに倫理があります。

2019/03/19

原点に還ろう

私は何か生活で困ったこと(純粋倫理でいう「苦難」と言うべきもの)があったとき、家族以外で相談できる相手が幸いにして何名か(何名も?)おられます。

いつもいつもお世話になっている方々を敢えて挙げさせていただけるとすれば、恋人、恋人の母親、そして倫友となりますが、いよいよそれでも難しそうならば、家庭倫理の会入会当初から大変お世話になっている、Aさん。

私の体調のこと、家庭環境のこと等々、さまざまに相談させて頂きましたが、Aさん曰く、

「なんも、私たちはもう聞くだけだから」

「えー、なして?」

「だってMRKさん、もう(解決の)やり方わかってるんだもん」

「……やっぱり、こういうときは原点に還るのが一番ですか」

「そうですねぇ」

「明朗愛和で」

「そうそう!」

「愛和の旗掲げて、携え進もうと!」(※丸山竹秋作詞 倫理研究所所歌「世紀の歩調」)

「いや〜よく勉強してるねぇ」

「なんも、必死こいて覚えたもの〜 全国青年弁論のときにさぁ〜!」

(倫理研究所創立70周年記念 全国青年弁論大会のラストは、各ブロックからの代表弁士と、全国からの青年スタッフが東京国際フォーラム・ホールAの大舞台に載り、「世紀の歩調」を会場の皆さんと大合唱しました)

冗談はともかく、やはり、原点は重要というのは間違いないそうです。

以前にS研究員(当時 生涯局青年育成室次長、現在 法人局教育業務部次席?)に相談を手紙を書き、氏から頂戴した返信の便りに拠りますと、次のように記されておりました。

『倫理の基本に則ること。即ち、”明朗、愛和、喜働”を深く心に刻みつゝ、事に当ることです。……果たして自分は、明朗であるか、人と接するに愛和であったか、喜び一杯働いているか、よく見つめて下さい。そして、明朗・愛和・喜働に取組もう』

(平成27年2月6日、私信)

『未来はどうなるから、誰もわかりません。肉体も精神も、いつどのように変化していくか、わかるものではありません。でも、一歩一歩の実践が、着実に踏み行なわれていくことにより、何かに変化が起ります。そのことをひとすじに信じて、取組んでみて下さい』

(平成29年7月26日、私信)

繰り返し反復するのは大切なのも間違えなく、その戻る先は「原点」である「明朗・愛和・喜働」、そして「純情=すなお」な心境であること、これに他ならぬことを改めて心に刻ませて頂きました。

2019/03/17

繋がりから始まる

16歳の春から精神疾患に罹患しておりますが(自律神経失調症と言われたのは15歳の秋頃)現在に至るまで、といいますか、高校時代に5回の入院歴があります。そのうちの一回、17歳の夏は閉鎖病棟への入院で、保護室=いわゆる独房(ベッドと便器しかない六畳間、鉄格子で常に施錠)に隔離されたこともあります。

第1回目の入院と、第4回目の入院(上述の隔離された時期があったとき)のときに、仲良くさせてもらった中年女性でK田さん(当時は実態上のみ結婚されていたのでM利氏)という方がおられ、また、そのK田さんと仲が良かった方でK保田さん(同じく当時は結婚されていたのでM本氏)という方がおられました。

私も何度も入退院を繰り返していた時期で、また、症状も相当のものでしたので、先に何度目の入院云々と書いたものの、その人間模様については記憶も曖昧なのですが……。

3月14日木曜日の夕方4時頃、私の携帯電話へ突然知らない番号からの着信がありました。

「もしもしー」

「あの、丸小さんの携帯でしょうか」

「ハイ」

以前病棟でご一緒したK保田なんですけど、いや、当時はM本だったんですけど離婚してK保田なんですけど」

「あ、ハイ……」

「その節はお世話になりまして、ありがとうございました」

「いえいえこちらこそ、あのときはお互い大変でしたから(←必死に思い出している)」

「実は、K田さんから、なんかご実家戻られてご活躍されてると聞きまして」

「いやいや、活躍なんて、なんもなんも……」

お話しを伺うと、

- 退院後、新しい命を授かり出産したものの、旦那とは離婚

- パート等の職をいくつかし、現在は雇用保険を受給中

- 選考に通れば5月から介護関係の職業訓練を受給予定

- その間時間があるので、パソコン(特にWordとExcel)の勉強をしたい

- その話をK田さんとしていたら、丸小の名前があがった

ということで、私もその日は早めに仕事をあがる段取りでいましたので、ひと通りの仕事を片付けてから、「電話で話すのもなんですので、お会いしてお話しましょう」ということに。善は急げ、即行です。

約一時間後に仕事も片付き、その方のお宅へ訪問しまして、まぁお座りください、となった瞬間に驚きました。テーブルの上にはすでに「エクセル・ワード」と表紙に書かれたノートがあがっていました。もうすでに「事」は動き出していました。即行がすでになされていました。

互いに「あの頃」から「今」までの話しをしてその十数年間を振り返り、「いやぁ、すっかりお互いに状況も変わりましたね」などと話しも落ち着き、本題へ。

仕事として請けることも考えたのですが、この繁忙期に(しかも私の体調も不安定ななかで)仕事中の時間を費やすのも難しく、また、昔の繋がりから始まり今があるということもあり、あくまでプライベートな付き合いということで、概ね毎週日曜日午後に約2時間×5回ということで話しはまとまりました。

「あの、お値段は……」と問われ、私もしばし悩みましたが、まずは手許のスマフォで1分弱調べさせていただきました。

間柄もありますし、プライベートということもあることから、専門業者の相場よりも安いという某シルバー人材センターの同様のサービスよりも安めの額で「お気持ち」ということで頂戴することと相成りました。

まさか、十何年も前の、しかも病棟での繋がりが、その時を経てまた繋がりが始まるとはまったく考えもしませんでした。世の中はすべて一瞬一瞬の偶然の連続で時が流れておりますが、偶然というにもなかなか足らないものがあるようにも思われます。

ちなみに、すっかりご無沙汰していた共通の友人K田さんとも、その日の晩に数年振りに電話で話すことができました。

さて、今日がその初日です。お教えするのに用いる資料はすでに昨日のうちに用意が済んでいます。が、どうも気持ちが落ち着かず、昨晩に他のことまで「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」として、布団に入ってもあまり眠る気にもなれず、緊張の日を迎えております。とどのつまり、例により、眠れぬ日はそれを「受け容れる」ということで朝を迎えております。

否、緊張というよりも、ある種の昂奮に近いものがあるかもしれません。

気づいたらすぐに行う即行の大切さも然ることながら、繋がりやご縁の大切さを感じさせられたこの数日間でした。

2019/03/14

捉え方次第、使い方次第

体調は一進一退を繰り返し、しかし段々と働ける「サイン」がわかってきたといいますか、「赤信号」から「青信号」への変更方法がわかってまいりました。すなわち、「煙草を吸うこと」……。

思い返せば、私が煙草を日常的に吸い始めたきっかけは、強い不安感や希死念慮があったときに、煙草を一本吸った直後にその症状が消失したことがそれでした。もう11年ほど前のこととなります(年齢を逆算してはいけません)。

そういうわけで、昨日は例によりベッドの上で四苦八苦する午前中を過ごしましたが、昼過ぎにやっと一本吸いますと、まもなくして冷静さを取り戻すに至りました。

身のまわりの出来事が、捉え方次第で「これがよい」となったり「これは悪い」となったりするように、身のまわりのモノもまた、使い方次第で「これがよい」となったり「これは悪い」となったりするようです。煙草・ニコチンによる覚醒・鎮静作用は精神疾患には良い効果を示すことは確かにありそうです。

(ちなみに、多くの抗不安薬・睡眠導入剤の系統である「ベンゾジアゼピン」に比べ、煙草の方が依存性評価は高いようですが、状況が状況ですので考えないようにします。)

倫理研究所理事長の丸山敏秋氏によりますと、世の中は螺旋を描くようにまわっている、といいます(2014年12月、青年リーダー会@御殿場 富士研)。

これは世の中のことだけに限らず、私の体にも言えそうです。

時が流れていくごとに、良くなったり戻ったりを繰り返し、ある時パッと、或いはじわっと、変わっていくその瞬間に向かっていると信じるしかありません。

ただ時に身を任せて、繰り広げられている人生劇場のなかに私たちはいます。

P.S. 眠れない夜はその状況を受け容れつつ、無理して眠ることなく、そのままに朝を迎えました。この夜のあいだに手紙三通書き上げることができました。やっぱり物事は捉え方次第です。

P.S.(2) 3月3日に行なわれた英検準2級の二次試験ですが、12日に合格発表があり、無事、合格と相成りました。応援してくださった皆様に御礼申し上げます。特に「それだけ答えられれば大丈夫!」と仰ってくださった、S倫理法人会元会長Kさん(英会話教室経営)には篤く篤く御礼申し上げます。

2019/03/10

即行デイ

昨日は苗穂駅前からのT中さんの軽々としたお迎えでもっての「おはよう倫理塾」(の座談)からスタートさせて頂きました。我が家のような雰囲気のある会場の暖かな空気に包まさせて頂きました。

地下鉄白石駅まで送って頂き、ひと息ついてハッと思いついたのが、東西線といえば円山公園沿線、ということは北海道神宮に行ける、というわけで、即行で北海道神宮に向かい参拝。家内安全、商売繁盛、そして妹の安産祈願(6月予定)、多くは望みません。

大通公園周辺をまったりしていますと、私の彼女も即行っぷりを発揮し?!予定より1時間も早く落ち合い、伏古・理容いちばん星へ着いたのも10時前というスピーディーっぷり。

いちばん星から一番近い親戚宅へ送って頂きますと、(家の電話に出なかったので不安でしたが)家先で雪溶かししていた親戚と無事会うことができ、お邪魔することができました。

このように日常の様々な出来事の中に「自分が変われば相手も変わる」という不変の生活法則を再発見させて頂きました。

余談ですが昨晩の話し、彼女のお父さんもお母さんも「新世」の読みたい読みたいと思っておられたということが判明いたしました。様々な方向から様々なものが変わり始めています。

このあとは家庭倫理の会札幌市の決まりのとおりに6時から2人で初めて面と向かっての栞輪読となり、その記念すべき時を迎えます。

2019/03/07

ふたたび模索

倫友の方々に電話で相談させて頂いた昨日でした。

「眠れてるの?」「便のピーは?」というT中K人さんからの問に対して私の答えは「もうー寝付けなくて」「あんまり出なくて」。

すると「ああー、それは出さないと。出せば入るだから」という発顕還元に通ずるところがありそうですが「いやー、そんな難しいこと考えないでいいから出して。水飲んで、水。ガブ飲みしてください。あとあっためて。あのー、百均カイロ。あれがもうすごいから。これうちの娘の実践報告ですから、えぇ!」。

あいにくカイロの用意までには至りませんでしたが、電話を終えて1分後には水をコップ三倍ほど、水水水、スイスイスイといただきまして、今日の変化が気になるところです。

また、O澤Hるみさんからは墓参し祖先に念じることを勧められましたが、稚内市の墓地は山の上にあり冬季通行止めですので、昨夕は仏前に向い、真宗大谷派の形式に則りその勤行を久し振りにフルコースでさせて頂きました。

「南無阿弥陀仏」の六つの字には「お母さん、産んでくれてありがとう」という意味がある、と、士別市 勝福寺の前住職が仰っていたことを申し添えます。

『六字の名号の文字のうつくしさ変転自在無碍のみ光』(丸山敏雄、昭和26年)

朝の行動も模索、模索です。相も変わらず睡眠導入剤がなかなか効かないなかではありますが、「受け入れる!」と助言して下さったのは同じく倫友のM澤N昭さん。眠れないのも「これがよい」ということで、0時過ぎから4時45分頃までは、パソコンに向かってプライベート仕事兼用の資料作りを、しかもコーヒーまで飲みながらさせていただきました。

なお約二日間にわたり恋人との痴話喧嘩(だいたい言葉の行き違い)が断続的に続いておりましたが、「スイスイスイ」や「南無阿弥陀仏」や「これがよい」の影響かわかりませんが、昨夕無事に仲直りに至り、三日振りに二人揃って『栞』を読ませていただき、つづいて『栞 解説』、誓いの言葉までのフルコースを5時から5時50分まで過ごさせていただきました。

さて、日中どれだけ人の喜びを我が喜びとできるのか? 体のサインを察知できるよう気を付けながら、無理をせずに、喜んで働きます。

2019/03/06

模索

苦難も苦難、大苦難です。薬が効きません。

おそらく抑うつ状態の運動抑制で、昨朝の起床は難しく、そのなかでけたたましく鳴り響く母からの電話。

ここは「ハイ」出て受けるのが、生活法則である純粋倫理の実践なのでしょうが、その前段が整っておりません。

あとから祖母に聞いた話しですと、「調子悪くて寝込んでるんだから、あんまり電話かけるのやめな」と母に言ったらしいのですが、数えただけでも5回鳴っておりました。

私が直面しているこの苦難、どうしても、家庭が根本にあるような気がしてなりません。

病気になってからでも、できる仕事を心配なく行なっていくのが要ですが(『栞』72〜73頁)、できない仕事を憂えながらせざるを得ない状況のなか、解決策を模索しています。

2019/03/04

天に任せる

昨日は英検準2級の二次試験ということで受験してきました。

元々は「4月21日のデータベーススペシャリスト試験に向けての”勝ち癖”をつけるため」とか、「コンピュータを扱っていると英語と触れる機会が少なくないから」とかの大義名分があり、実を言うと何年か前から気になっていたのですが、ようやくその二次試験に。

定評のあるテキスト(千円あまり)の模範解答はあまりにも出来すぎていましたので、YouTube動画や、インターネット上に公開されている対策プリントなどを総動員して臨みました。

そこには「超便利なフレーズ集」なるものもあり、あるいは或る動画には、何か聞かれたときに「I don't have time to 〜〜〜. because I'm busy to work」という何を問われてNo.と答えても理由を答えられる素晴らしいフレーズもありました。

(ちなみにNo.5の問題ではその I don't have time to...を躊躇なく使わせていただきました。)

『恐れ、憂え、怒り、急ぎ等々の私情雑念をさっぱりと捨てて、運を天に任せる明朗闊達な心境に達した時、必ず危難をのがれることができる』

(丸山敏雄『万人幸福の栞』88頁)

そういうわけで、試験5分前(前の人が呼び出されたとき)から数分間は『栞』をパラパラと読みまして、「あとは自分の実力のままに面接官と話すだけ」という気持ちとなり、このあとは、来週3月12日のWeb合格発表を待つのみです。

今日からは、データベーススペシャリスト試験へ向けての勉強が本格的に始まります。あと48日です。

2019/03/02

ゆっくりと読む

5時ないし数分以内スタートの「通話越し『栞』輪読」も3回目を迎えました(7時スタートを含めると3度目)。

肝心なことは、反復し、繰り返すこと、行き、返り、それを繰り返すことと、体感させられております。

たとえ道を誤れど、返るところがまた一つ増えました。

学びが進んでいきますと、人は「我」が出てきます。――ということが、何年も前に頂戴した、当時・生涯局青年育成室次長の清水篤研究員(現・法人局普及事業部次席?)からの便りに書かれてありました。

「栞」を読むに際しての「我」は、その遅さ・速さにあるのではないかと感じさせられます。

何か月か、何年か、それを読んでいますと、「次はこう書いてある」とか何となくわかってきますので、どんどん速くなる。

十七ヵ条を読み上げるのにも、「次はこれ」と何となくわかってくるので、パッと読むようになって、やっぱり速くなる。

けれども、初めて読む人はどうか? と、向うの声を聴きながら、考えさせられるのです。そして、「じっくり、ゆっくりと、噛み締めるように、読まなければならない」と。

「心読体究(しんどくたいきゅう)」の第一歩を教えられている気がするのです。

先の手紙には、そういった「我」が出て来、迷ったりしたときこそ、純粋倫理の原点に還ることが書かれておりました。即ち、明朗・愛和・喜働、そして純情(すなお)であること、と。

しばしば「朝の会場(おはよう倫理塾)は実践の道場、練習の場、実際の実践の場は家庭や職場」と言われておりましたが、その実践の学習の第一歩が、「栞」を複数人で読むことではないかと、感じさせていただいた次第です。

2019/02/26

電話越しの「栞」輪読

様々な事情に左右される朝メールです。

一方的にお送りしております故、「不要」という場合には遠慮なくお申し付けください。

前回の1月28日のあと、じわりじわりと抑うつの症状が現れ始め、先週にそのピークを迎えました。

医師の言う原因は「仕事」。『病気になってからでも、出来る仕事を心配なく働きつづけていたら』(『万人幸福の栞』 p.72-73) よかったものの、おそらく、やりすぎて空回りして、その反動が返ってきたのではないかと思います。

昨日、恋人と無量通話をつなぎながら朝7時にハッと思い付き「栞でも読むかー」と言うと「えー読むのー?」と返されましたが二言目には「一緒に読むわよー」ということで、2月25日は通話越し「栞」輪読記念日と相成りました。

また、昨日は(昨日も)およそ布団の上か机に座りながら大人しくしておりましたが、午前中に読んだある一節には、「しすぎ・やりすぎ」の私に響くものがありました。

『拝啓 たび/\〔注:たびたび〕の御報告、目出たく拝見。実践の明朗なる開拓により一新天地を開かるべく候。それは、

 一、かろ/"\〔注:かろがろ〕と何も考えず、スツとすること。

 二、いつもの仕事をうき/\したよろこびの心ですること。

 三、天こうきこう〔候気候〕、向うの様子など一切気にせず、いつもと同じ心でう〔売〕ること。

 四、つまを心より愛すること。

 五、雑誌をよくよむこと。

右、くりかえし/\努力せらるべく候。』

(丸山敏雄『創始者・丸山敏雄からの手紙 (13)』,『倫理』No.68, Vol.2 (通巻第793号), p.2)

〔注:記事は縦書きで、「/\」は「くの字点 (踊り字)」を示す。〕

斯様云々で昨日の午前中は病める私の「大転換の時」ではありました。

朝は「一緒に読むわよー」と言っていた彼女から、昼過ぎには「明日もまた読もうかね♡」という有難い一言を頂き、今朝も5時2分頃から無料通話をつなげながら、朝の挨拶、十七ヵ条斉唱、「栞」輪読、実践報告、連絡事項、誓いの言葉……と「おはよう倫理塾」同様の流れで行なわせて頂きました。

明日の目標は5時ジャストスタートです。

2019/01/28

英検試験場劇場

様々な事情に左右される朝メールは隔日発行のような状態になってまいりました。

昨日は約13年半振りに英検準2級を受験してきました。

以前、「なぜエンジニア (や、そういった勉強を受けた人) は英語を学ぶ傾向があるのか?」という私の疑問に対し、 知人のエンジニアの答えは「英語の資料に当たらなければいけないことがあるから」で、妙に納得させられたことがあります。

ご多分に漏れず、かつて情報工学やらデータベースやらをかじっていた身としてはやはり気になるもので、約一年「どうしようか」と悩んだ末の受験ではありました。

受験会場は我が家から徒歩10分の稚内O谷高校。

受験票によると自家用車乗り入れ禁止なのにも関わらず、親に送迎されている高校生がいたり、或いは、高校教職員がスタッフとして運営にあたっているのか、受付で「頑張ってね!」と声かけるスタッフがあったり、試験監督者が高校生と社会人受験者とで接し方でやはり差があったりと、「公正な試験実施」を考えると疑問に感ずるところは多々あったのですが、しかし、リスニング試験が終わったあとのCD音声では「公正なる試験実施にご協力いただきありがとうございました」と流れ、何とも言えないものがあります。

種々の試験関係者、特に、受験者と接する受付担当者や試験監督者の振る舞いをみながら「役に徹する」とはどういうことかを考えさせられました。のりを越えないように努めなければ、その務めは果たせられません。

追伸 試験前の寝不足、及び試験後昨夕から夜遅くまでの昼寝ならぬ「夕寝・夜寝」の影響でそのまま朝を迎えております。「これがよい」のでしょう。

2019/01/26

事務機屋営業マン劇場 その2

体調と起床事情に左右される朝メールをお届けさせて頂いております。

昨日は一日中パソコンの納品作業を行なっておりました。官公庁さん(北○道関係)の納品ですので設定事項が多く、久々にお目にかかりましたがその手順書のページ数55ページ。その途中で別の仕様書を参照することが三度くらいありますので、ざっと100ページというところでしょうか。

想定外のことを想定して余分に時間を取っていても、想定外は起こります。

昨日は、本庁(道庁)から送られてきたディスクが違っていたとか、Windowsの認証でトラブルが起きたりとかで、結局作業は来週に終わることになりました。

WindowsのMicrosoft電話窓口といえば恐らく派遣社員の方々の対応なのでしょうが、認証窓口の方では対応できず、別の窓口との対応となりましたが、その対応が凄かった。

とにかく親切、親身。ネットの情報を検索しお伝えしていて云々、とは仰っておりましたが、「事のついでで申し訳ないんですけど、もう一点良いでしょうか」と聞くことがあり、結局それは未解決だったものの、のちに北海○独自のパソコンの設定を行なったら解決したのですが、そのうち電話がかかってきて、「丸小様の携帯でしょうか? 私、Microsoftサポートの大友と申します」と、さっきの電話の男性の声。

話を聞くと、実はそのあともWeb上の情報を調べてくださったのだとか。で、会社に一度電話して私の携帯にかけてくださったそうで。

以前に納品した製品で二度ほど「たらい回し」にされたことがあり、Microsoftにはどうも嫌悪感があったのですが、今回の一件でイメージは逆転。

最後の最後まで解決に向けて尽力するその姿勢に感銘を受けました。

2019/01/24

事務機屋営業マン劇場

体調と起床事情に左右される朝メールですが、ここ数日 "一度は" 自力で朝4時過ぎに目が覚めるようになってまいりました。

昨日はリコ○の稚内の担当の方と一緒に、その方が「おっ!」と思うお客さんのところへコピー機のご提案へ……。

物は買って頂いていませんでしたが、二年半前くらいからつながりはあるお客さんです。

が、はじめに話しを聞いていた内容とは異なり、結局、二人で1時間粘ってもお客さんが首を縦に振ることはなく、「保守や部品供給が終っても機械が壊れるまで使うわ」と……。

その後、もう一件寄ったのち「○○○○さんも行きましょ!」と私。消耗品はうちから買って頂いていて、長くXer○xの機械を使っており、その機械も部品・消耗品供給がすでに終わっているとのことでしたので、斯様然々で数年に一度の台数限定大特価を今週中だけなら出せそうで云々……という説明を15分くらいしていますと、突然相槌に混ざって、「うん、うん、……はぁー、……そしたら買うわ」

えっ、いま何て仰いました? という感じでちょっとポカンとする私とRIC○Hの担当者。

だってまだ、リースの与信も取っていなければ、詳細の見積りも出していないんですよ。

うっかり口から出た「……いいんですか?」「うん」「ありがとうございます! ……あの、期間、5年にします? それとも6年にします?」「5年でいいわ」

まったく予想もしなかった展開となり、リコ○の方はその15分の顛末に驚くわ、私と言えば急いで社長(父)に電話して報告しつつ与信お願いしなければいけないわ、それとほぼ同時にリース契約書に取り敢えず横判と代表者印と銀行印もらわなければいけないわで、多少バタバタした1時間でしたが、無事準備万端整いまして、「明日の昼過ぎくらいにまた来て」ということで本日契約書が完成することと相成りそうです。

そのお客さんもちょうど二年間追いかけてきましたので、喜びと有難さはひとしお、といったところです。

願えば叶う、やればできる、信ずれば成り憂えれば崩れる、点滴石を穿つ。

諦めなければ時は巡ってきます。私にとっては約8か月ぶりのコピー機成約でした。

2019/01/22

アンサンブルコンクールの裏側

薬の調整(断薬)に伴い睡眠リズムも不安定で、朝メールも不定期化しておりますが……。

一昨日はアンサンブルコンクールで、その運営の手伝いをしてきました。

本番の演奏は一団体も聴いていませんが、控え室の様子で概ね賞の予想がつき、それも殆ど当たるのは不思議なものです。

返事をしない、返事をしないどころか返事してるのは顧問の先生、物の後始末をしない、楽器スタンドを足で動かす、打楽器スタンドをガチャガチャ音立てて扱う、打楽器の移動にドアを押さえるのに足を使う、等々……。

「ずぼらは、向上の敵」の書道箴言と、万人幸福の栞の「万物生々」をひしひしと感じました。

物は生きています、楽器もまた然りです。

2019/01/20

ここ数日の顛末

三日間朝メールをお休みさせて頂きました。

その間、睡眠薬(ハルシオン 0.25mg)を飲んだところ効きすぎたり(一昨昨日)、それを止めてみたところ反動(離脱症状=ベンゾジアゼピン離脱症候群)でありとあらゆる精神神経症状が出たり(一昨日)、病院へ電話で相談してみたところ医師から「半錠で服薬を」と言われそれでもやはり効きすぎたり(昨日)……という顛末でした。

昨年末から著しい入眠困難と中途覚醒とに苦しまされてきましたが、何度かサッと眠りにつけるようになったところは薬に感謝することとして、しかしながら、服薬し続けるのも難しくなってきました。

Dr.の意見も参考にはしてはみましたが、頼りになるもののは、十三年間闘病し続けてきた自分の感だったり、母の「したらもう飲むのやめたらー?」の一言だったり、更にいえば恋人の「飲まないでおきなー」の一言だったり、或いは恋人の母の「自分でうまいように調節してみなー」の一言だったりしました。

有難いことに、木曜・金曜と朝から夕方までベッドに臥しているあいだにもお客様から電話が鳴り、また某地方独立行政法人の某水産試験場さんからも随○契○の可能性があるお話しも頂いております。

頼りにして頂けることを有難く思いますとともに、明日からしっかりと働かせて頂けますように。

……タイミングというのは面白いもので、その助走のように、今日は稚内地区管楽器ソロコンクール&稚内地区アンサンブルコンクールの出演者誘導スタッフの役を仰せつかっております。

断薬の影響か眠れずに朝を迎えておりますが、しっかりと働かせて頂きたいと思います。